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済陽高穂「5千人の患者さんを診療してわかった、医療と食の本質」

断絶される医師と患者の信頼…患者の病気改善に無関心な医師、医師への信頼失う患者

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「Thinkstock」より
 永年、医療不信が叫ばれて久しい。なぜこのような状況が永続するのか、医師としてやや情けない感情が尾を引き、その理由をあれこれ考えてみるが、単純に答えは見いだせない。


 しかし、数十年前にみられた医療者への敬意や信頼が非常に薄れているのは事実である。また医療者側からの患者への同情や、少しでも病気の改善に寄与したいという心も希薄化しているようである。つまり人間性を備えた医療からかけ離れてしまい、医療者の専門範囲以外のことへの無関心がまかり通っている。

 私は医学部卒業時、いつも親身に話し相手になってくれた数人の先輩から、「君、難病を専攻しろよ。がんをやらなくちゃ」と言われ、がん治療を学ぶことを目的に消化器がん手術の第一人者で大学の先輩でもある、東京女子医科大学消化器病センターの中山外科に入局した。

 ここが徒弟制度の封建制修練道場であった。当時、心臓手術の大家・榊原仟教授と中山恒明教授による共同の「医療練士」制度が設けられ、6年間の筆舌に尽くしがたい厳しい訓練が待ち受けていた。朝7時半からの病棟回診、9時からの手術、外来診察などの日常業務、夕方6時からの症例検討、午後8時の夜回診の後、各研究室に分かれてのミーティングや抄読会、病院を後にするのは午後10時過ぎで、それから米国医師国家試験に向けての勉強もあり、入局1年目の約1年間は連日3~4時間の睡眠で過ごした。

 日曜も祝日もなく、正月元旦も朝9時の教授回診に始まり、ある先輩が「正月くらいは休みをいただけないか」とおそるおそるお伺いを立てたところ、「患者に休みはあるかね?」とのご返答だった。

 入局2年目に米国医師免許受験資格試験(ECFMG)に合格、中山教授の知己である米テキサス大学外科・トンプソン教授のもとに留学した。ところが、この教授も輪をかけて厳しかった。週2回の教室ミーティングのうち、水曜日昼はサンドウィッチを食べながら楽しく意見交換するものだったが、月曜朝8時からのものは前週の研究成果を2枚のグラフにまとめて発表するもので、出来が悪いと教授に机を叩いて怒鳴られるので、皆日曜夕方にいいグラフが書けないと、恐ろしくて眠れぬ夜を過ごしたものである。

 しかし教授は大の親日家で、その後7回来日され、我が家に泊まったり各地の学会での余暇には観光したり、博多の外科学会の後には、妻の実家である宮崎の北霧島温泉に逗留し楽しんでもらうことができた。