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北條元治「自分の家族を守るための医療の話」

なぜ医者は「上から目線」で独善的なのか?言うことを聞かないと例外なく悲惨な末路に

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「Thinkstock」より
 私は大学を卒業すると多くの同級生と同じように大学の医局に入り、医師としてのキャリアをスタートさせた。しかし、それは長くは続かなかった。いろいろな理由はあると思うだが、一言でいえば「私はお医者さんには向いていなかった」のだ。別に手先が不器用だったわけでもない。コミュニケーションに難ありだったわけでもない。


 しかし、実際に臨床医として働いた最初の大学の医局は3年で飛び出した。アメリカ留学を経て2番目に移った大学の医局でも臨床医をしていたのはこれも最初の3年だけで、あとは大学に籍は残してはいたが、診療をせずに動物実験や研究をしていた。

 そして、約15年前、ついに大学病院を飛び出し(お医者さんを辞め)、今の会社を起こした。そんな私のことを今では「先生」と呼ぶ人もいないし、自分自身もまた「お医者さん」であるとも思っていない。私のことを「先生」と呼ぶ人には、ついこう応えてしまう。「私は、医師免許は持っていますが、先生(お医者さん)ではありませんよ」と。

 どこかの思想家が、「女性は女性として生まれるのではなく女性になるのだ」と言っていたが、医者は国家試験に合格したときから医者になるのではなく、大学を卒業してからのお医者さんとしてのキャリアが、一般の人々には理解しがたいあの独特な「お医者さま」のパーソナリティーを育むのかもしれない。会社を起こした今の私にとって「お医者さま」は、クライアントであり、ときどき私の健康を管理してくれる文字通りのお医者さまたちだ。

 医療(医業)をサービス業の一種ととらえる人は案外多いのではないか。もちろん、医療には一般的なサービス業とはまったく異なった側面があるのは事実である。「医療はサービス業の一種である」と言い切ってしまうほど医療は単純ではない。

 しかし、わが国の保険診療に従事する医師の視点からすると、この意識は逆転する。医師の大部分は「自分はサービス業に従事している」という感覚がほとんどない。極端な例になると、医療はサービス業だといわれること自体に腹を立てる医師さえいる。

 この意識の違いは、なぜ起こってしまうのであろうか。

医者は、最強の職業パーソナリティー


 お医者さんというムラ社会を離れて約20年。今では、医師免許を持つ私でさえ、この独特のパーソナリティーと付き合ってゆくのはコツがいる。いわんや一般の人をやである。確かに職業には特有のパーソナリティーがある。教師には教師独特の、銀行員には銀行員独特のパーソナリティーがある。