日本の自動車メーカーが、中国勢に逆転される可能性高まる…持たざる者の巧妙戦略
中国の自動車販売台数は2015年、2,459万台(内、乗用車2,114万台)に達した。世界全体の自動車販売台数8,797万台に対して、実に27.9%のシェアを持つことになる。ちなみに、日本は510万台、北米(NAFTA)は2,059万台となっている。
近年は成長率が鈍化しているとはいえ、今後も年間5%前後の成長を続けることが見込まれている。日本企業は、中国の自動車市場への関心が高いものの、自動車産業の構造と変化を十分にキャッチアップしているとはいいがたい。本稿では、中国の自動車産業について基本情報を整理してみる。
中国の自動車市場が拡大した背景には、08年のリーマンショック後の対策として実施された4兆元規模の財政出動があった。キーとなる政策は2つある。ひとつは、09年から10年にかけて、小型乗用車(1,600cc以下)の購入税が従来の10%から5%に引き下げられた。これにより、都市の一般家庭を中心にコンパクトカーの需要が急速に拡大した(ただし、販売数量でみるとCセグメントが圧倒的に多い)。
乗用車といえばセダンという市場状況が一変し、ハッチバック、続いてコンパクトSUVが市場を席巻した。それまで市場をリードしてきたドイツ勢は、このコンパクトムーブメントに十分対応できず、結果として中国国内勢の台頭と日本勢の巻き返しが起きた。
同時に、農村部においても自動車普及策が採られ、特定車種に対し購入費用の10%を補助した。この政策によって、農用車の需要のかなりの部分が乗貨両用車に置き換わった。
最近の中国経済絡みのニュースは、成長率の低下や産業構造調整などネガティブなものが多い。しかし、自動車市場は、農村部まで普及し始めたことや、今後の買い替え需要などからみても、巨大な市場であり続ける可能性が高い。中国市場を抜きに世界の自動車産業を語ることはできない。
市場の現状
中国市場の競合環境は極めて特殊である。外資と中国企業の合弁というかたちでしか市場にアクセスできない。しかも同じ中国企業グループが複数の外資企業と合弁しており、競合関係が入り乱れている。例えば第一汽車集団は、マツダ、独フォルクスワーゲン(VW)グループ、トヨタと合弁している。その結果として、数十年にわたりVWをはじめとする他国企業に独占的なシェアを握られてきたにもかかわらず、東南アジア諸国のように彼らに支配されることに至らなかった。
むしろ、中国系企業は、この極めて特殊な市場環境のなかで、世界トップ企業のノウハウを吸収しながら、中国における消費者理解力の高さを武器に、徐々に競争優位を構築し始めている。そのビジネスモデルは、OEMからODMにシフトし、現在は徐々にOBMの割合が高まる段階に到達した。今後、中国国内市場のみならず、グローバル市場でも日系メーカーと本格的な競合を展開する可能性が高い。
次に、中国の自動車市場のメインプレーヤーは、これまでの製造業ではなくなっている。「BAT」(バイドゥ、アリババ、テンセント)と呼ばれる中国IT産業の3巨頭がスマートカー領域に巨額の投資をしているからだ。これから数年間のうちに、電気自動車(EV)、車々間通信、車路間通信、自動運転領域への投資は1,200億元(約1.9兆円)を超える見込みとなっている。
また、IT企業だけではなく、既存の自動車ベンダーでも投資競争が加速している。中国EV大手のBYDは、生産能力の不足分を補うため、沿岸部の山東省青島市と内陸部の長沙市に総額80億元(約1300億円)を投じ、新工場の建設を始めた。一方、ガソリン車ベンダーである長安汽車(市場シェア7位、SUVが主力商品)も、16年度に自動運転の研究費用として50億元(約800億円)を計上している。
これらの新規参入プレーヤーの戦略は、伝統的な自動車産業のエコシステムそのものの陳腐化である。テスラをはじめとして、中国のBYDやコウディ(康迪)など主なEVベンダーたちは、メーカー中心の製造、販売、アフターサポートといった従来のビジネスモデルから脱却し、ユーザー中心の製品サービス化と人・機械のインタラクションをベースにしたモデルへの転換を図っている。
競争軸の転換
自動車ベンダーがこれほど大きな変化を迫られている理由は、ユーザーの消費行動の変化にある。消費者の購買欲は明らかに「自動車という商品」から「移動手段」にシフトしているということを、世界中のリサーチデータが示している。中国のような比較的成熟度が低いとされる市場でも同じ傾向が確認されている。
この消費者の行動の変化を読み取れば、未来の自動車市場は、物の所有ではなく、モビリティインフラに基づくサービスが中心とならざるを得ないということがわかる。同様の変化はまずコンテンツ業界で発生し、徐々に家電・ファッション業界にも広がりつつある。自動車のような大型耐久財の領域に浸透するのも、そう遠くないといわれている。
この新興のモデルは、道路の混雑を軽減し、空気の質を向上させ、最終的に消費者により高い生活の質と利便性をもたらす。環境問題は経済発展のみならず、社会安定にも大きく影響を与えるため、中国政府も大きな関心を寄せている。EVと関連産業の発展を国家産業政策の重点分野と位置づけ、今後国による支援を拡大させていく予定だ。
こういった中国の自動車産業の変化は、世界の他の地域でもみられるが、中国市場が進んでいる点は技術的および社会経済、ビジネスのイノベーションのスピードに原因がある。
周知のように、中国は1990年代前半に実質的に崩壊するまでの長い間、計画経済に依拠してきた。その影響で、あらゆる業界の市場化度合いが非常に低く、特に民生領域における産業蓄積は非常に乏しい。中国の産業近代化は、まず海外のモデルの真似から始まった。
ただし、真似するだけではいずれ立ちゆかなくなり、ビジネスモデルの周回遅れを解消しなければ未来がないという恐怖に近い問題意識が、政界と実業界の両方に根深く存在する。この弱者としての意識は、中国産業界を理解する際に非常に重要なポイントである。一方で、弱者であることに甘んじ、真似し続けることを正当化するマインドも根深いことも事実だ。
ICT・IoTがもたらす新しい産業革命も、中国企業にとっては追い風となっている。国の保護政策の影響もあるが、旧時代の技術が産業化形成していなかったことは、中国のインターネット企業の躍進の大きいな手助けになった。
グーグルもタウンページもないために、独占企業になれたバイドゥ。リアル小売が発達していないがゆえに大きくなったアリババ。i-modeがなかったゆえに発展できたテンセント。BATに代表されるIT企業は、ネット領域に留まることなく、業界横断的で包括的なサービスを提供している。これらのサービスは、伝統産業を覆すだけの可能性を持っている。
中国の自動車ベンダーは、最新のICT技術を利用し、サービス化という切り口で、既存自動車産業を一気に陳腐化させる「オーバーテイク」を狙っている。つまり、徹底的な持たざる者の戦術である。今はまだ欧米、日本企業が長年築き上げてきた牙城に切り込むだけの力を持っていない。しかし、家電業界で起こったような逆転現象が今後、自動車業界で発生しないとは、誰も言い切れないだろう。
中国市場におけるチャンス
中国は2020年には人口100万人以上の都市が180以上、1000万以上人口の巨大都市が12都市になる見込み。広大な農村地域が都市周辺部として再編されていく。そのため今後の自動車市場においては、急速な都市化と深刻化する環境問題という2点がポイントとなる。
中期的には、都市部ではエコカー(特にEV)が主流になっていくだろう。長期的には、車々間通信・車路間通信インフラを前提に設計されたサービス一体型のモビリティが未来の競争のカギを握る。
日本企業にとっては、チャンスと脅威が併存していることになる。今まではドイツメーカー(主にVW)が築き上げたセダンヒエラルキーに日本車がなかなか食い込めず、苦戦してきた。EVの領域においてはむしろ追い上げる可能性が十分に残されている。また、日本の国策として推進するであろうFCV(燃料電池車)路線のリスクヘッジとしても、世界最大のEV市場である中国を抑えておく必要がある。
次回の後編では、注目企業の戦略を紹介するとともに、消費者サイドの最新トレンドを分析していきたい。
(文=張暁霖/JMR生活総合研究所シニア・リサーチャー)