一見、政府はブラック企業を退治する正義の味方のようにみえるが、実はこの上限規制の抜け道となるような労働時間の改革案を、すでに国会に提出している。それが第2、第3の電通事件を引き起こしかねない可能性もあるのだ。
労働基準法改正法案
それは労働基準法改正法案の「高度プロフェッショナル制度の創設」と「企画業務型裁量労働制の対象者の拡大」だ。
高度プロフェッショナル制度とは、管理職を除く労働者の時間外・深夜・休日労働に関する労働時間規制の適用を外そうというものだ。実施されれば、「時間外労働」という概念がなくなり、使用者は社員へ残業代を支払う義務もなくなることになる。
対象者は高度の専門的知識、技術または経験を要するとともに業務に従事した時間と成果との関連性が強くない業務とされている。対象業務の例としては金融商品の開発、ディーリング、アナリスト、コンサルタント、研究開発業務など。年収要件は1075万円以上とされている。対象業務は曖昧であるが、管理職ではないのに年収1000万円以上を稼ぐ人はそんなに多くはない。だが、高年収で有名な電通のような大企業には存在する。
政府は電通などの大手企業の社員が対象になることを想定し、時機をみて年収要件を下げていくシナリオを描いているとみられる。なぜなら当初から経済界がこの制度の導入を政府に提言し、年収要件も引き下げるように要望しているという経緯があるからだ。
企画業務型裁量労働制
もうひとつの企画業務型裁量労働制とは、労使で話し合って1日の労働時間を9時間に設定すれば、法定労働時間の8時間を超える1時間分の手当は出るが、9時間を超えて働いても残業代が出ない仕組みだ。簡単にいえば、ブラック企業で問題になっている「固定(定額)残業代」を合法化するものだ。
しかし、現行の企画業務型裁量労働制の業務は、「企画・立案・調査・分析」業務を行う人に限定される。しかも労働基準監督署への報告など手続きが煩雑であるため、導入企業は0.8%と少ない。
そのため経済界は対象業務の拡大と手続きの緩和を求めてきた。その結果、追加された業務が(1)提案型営業と(2)プロジェクト業務の2つである。もちろん年収要件はなく、法案が成立すれば20~30代も対象になるだろう。
電通をはじめとする広告代理店の多くは、広告営業が主要な業務であるが、その内容はまさに提案型営業といってもよい。従来の企画業務型裁量労働制の対象からは外れるが、新たにこの2つが対象業務になれば、一定の制限があるとはいえ、社員の多くを現行の労働時間規制の枠外に入れることが可能になる。