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石原慎太郎が差別発言「(障害者に)人格あるのかね」「(水俣病患者の文書に)IQ低い」

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石原慎太郎氏(Natsuki Sakai/アフロ)

 東京・築地市場から豊洲市場への移転問題をめぐり、法律に基づく強い調査権限を持つ調査特別委員会、いわゆる百条委員会が現在開かれているが、移転を決定した当時の石原慎太郎元知事への証人喚問が20日に実施される。

 それに先立ち3日、渦中の石原氏は都内で記者会見を開いたが、決定に至る経緯について「私は裁可せざるを得なかったので裁可した」「副知事の浜渦(武生)氏に一任した」「そんな小さいことに、私も構っていられません」などと責任逃れの発言に終始したことが批判を呼んだ。

 石原氏といえば、若くして芥川賞を受賞し、弟は昭和の大スター俳優。時代の寵児とも呼べる勢いで人気を獲得し、やがて国政や都政にも進出した人物である。強固なリーダーシップを振るう石原氏のカリスマ性に魅了されていた人は少なくないだろうが、その強気な口調は84歳になった今も健在。今回の証人喚問についても、「喜んで応じます。知っていることも全部話します。困る人が出るかもしれないけどね、こっちも困ってるんだから」と“臨戦態勢”を見せている。

 そんな石原氏は、歯に衣着せぬ物言いが特徴なだけに、過去には幾度となくその発言が物議を醸している。

「これを書いたのはIQが低い人たちでしょう」(1977年)


 石原氏の政界デビューは1968年。参議院選に出馬し、300万という史上最多の得票を集めてトップ当選を飾ったのだ。72年に衆議院に鞍替えすると、76年には環境庁長官に任ぜられる。

 翌年4月、石原氏は公務で熊本県へ赴き、水俣病の患者施設を視察した。患者に抗議文を手渡された石原氏はその夜、会見で「これ(抗議文)を書いたのはIQが低い人たちでしょう」と発言。さらには「補償金が目当ての“偽”患者もいる」との暴言を吐き、患者らの前で土下座して謝罪する事態となった。

「ああいう人ってのは、人格があるのかね」(99年)


 99年、石原氏は都知事選で初勝利を果たした。それ以降、2012年に辞職して国政復帰するまで4期にわたって都知事の椅子に座り続けるわけだが、就任初年度の9月には、さっそく次のようなエピソードを残している。

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