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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」 

私がこの10年で目の当たりにした、中国が世界中を席捲していく様

文=篠崎靖男/指揮者
私がこの10年で目の当たりにした、中国が世界中を席捲していく様の画像1南アフリカ・ダーバン(「Getty Images」より)

 僕は今、南アフリカのインド洋側の都市、ダーバンで仕事をしています。1497年にヴァスコ・ダ・ガマがアフリカ周りのインド航路を発見して以来、ヨーロッパとアジアを結ぶ拠点として発展してきた港湾都市です。

 当地のオーケストラは、100年前の英国植民地時代に建てられた、華麗なコロニアル様式(植民地時代の建築様式)をコンサート会場として使用しています。とてつもなく巨大な建物で、英国がどれほど植民地から搾取してきたかを、今もなお見せつけるようです。

 ダーバン周辺はサトウキビ栽培にも適した土地で、英国は植民地のインドから多くの労働者を連れてきて働かせました。そこで製造した砂糖をダーバン港からヨーロッパに運び込み、英国はますます栄えていったわけです。ダーバンは今でもインド系住民の比率が高く、カレーが名物料理のひとつでもあります。ちなみに、インド独立の英雄であるガンジーも、一時期ダーバンに逃げていたことがあります。

 現在のダーバンは、アフリカ大陸最大の港湾都市でもあります。特に、ソマリアの海賊に船をシージャックされる事件が多発した際には、ソマリア沖を通過するスエズ運河航路を避け、日数と経費がかさむのにもかかわらず、アフリカ航路を取る船舶が急激に増えたため、大型コンテナ船でダーバン湾はパンク状態になりました。港に停泊しているのは、日本では見たこともないような巨大コンテナ船ばかりです。実は、日本には巨大コンテナ船に対応できる深さを備えた港湾がないそうで、上海、釜山のようなハブ港に荷下ろしされた荷物が、小さめのコンテナ船に載せられて日本に運ばれるのです。

 1980年代を振り返れば、神戸港が世界4位のコンテナ取扱量で、アジアのハブ港の役割を果たしていましたが、近年、コンテナ船は巨大化しており、その流れに日本が乗り遅れてしまったことは残念です。2015年の国土交通省の調査では、名古屋港が日本最高で世界19位です。ちなみに1位は上海港で、総取扱貨物量は名古屋港の3.7倍です。

急速に勢力を拡大した中国

 僕がダーバンのオーケストラを初めて指揮してから10年になります。毎年訪れて指揮をしているので、毎年ダーバンの港の変化を見つめています。最初の頃はA.P.モラー・マースク(デンマーク)、MSC(スイス)のような欧米系の大手海運会社のコンテナ船が、「世界の海は自分たちのもの」とでも言うような雰囲気で停泊していました。しかし、間もなく状況は一変します。中国系の会社の船がその場を奪い始めたのです。その後、中国の船舶がダーバン港の主役になるまではあっという間でした。

 そんな時期に、南アフリカ駐在の日系商社のほぼすべての支店長と会食の場があり、彼らに「このままだと、日本は中国に追い抜かれる」と話したのですが、彼らは鼻で笑うだけでした。しかし、実際には僕の予想よりもはるかに早く、2011年には中国がGDP世界第2位に踊り出て、今もその座にあります。

 このころが、ひとつの分岐点だったのかもしれません。当時、経済都市ヨハネスブルクのホテルは、中国人でいっぱいになりました。日本で、「南アフリカは治安が悪いんじゃないの? 気軽に行っても大丈夫?」などと様子見をしていた時に、中国人は南アフリカのみならずアフリカ全土に進出していたのです。その姿を見ると、大航海時代にヨーロッパの列強がアフリカに進出していったような勢いを感じます。

 それは数字にも裏付けられています。港湾取扱貨物量世界ランキングを見ると、2000年はシンガポール、オランダ・ロッテルダム、米・サウスルイジアナ、中国・上海、香港の順番で、まだ欧米が上位でしたが、15年には、上海、シンガポール、中国・青島、中国・広州、ロッテルダムと、中国が大躍進しています。コンテナ取扱量を見ると、ベスト10のうちの6つは中国の港で、それ以外は、シンガポール、ロッテルダム、豪・ポートヘッドランド、韓国・釜山です。つまり、この15年間で世界的物流はすっかり変わったのです。

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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