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直接欲しい細胞を手に入れる「ダイレクトリプログラミング」

iPS細胞より迅速、がん化リスク低い再生医療研究が進行中

文=漆原次郎
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iPS細胞より迅速、がん化リスク低い再生医療研究が進行中の画像1『山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた』(講談社/緑 慎也)
 京都大学の山中伸弥氏がノーベル賞を受賞したことで、iPS細胞(人工多能性幹細胞)がこれまでにない脚光を浴びた。その裏で「iPS細胞をつくらなくても、iPS細胞と同等の効果や、iPS細胞以上の利点を得られる技術」が開発されているのをご存じだろうか。

 その技術は「ダイレクトリプログラミング」という。

 iPS細胞の技術は、人の皮膚などの体の細胞に、特定の4種類の遺伝子を与えることで、細胞を「リプログラミング」つまり「初期化」させてしまうというもの。こうしてつくられたiPS細胞は、原理的に神経、心筋、骨、ありとあらゆる細胞に分化しうる。

 これに対して、「ダイレクトリプログラミング」は、人の皮膚などの体の細胞を取り出してiPS細胞にする手順を踏まず、初期化させたい細胞を「ダイレクト」つまり「直接的」に初期化させてしまうというもの。細胞の初期化にiPS細胞は必要ないのだ。

 そのやり方は、次のようなもの。

 例えば、肝細胞が欲しいとする。そこで、コラーゲンなどをつくりだす体の細胞(繊維芽細胞という)を取り出して、iPS細胞を利用する際とは組み合わせの異なる特定の4種類の遺伝子を与える。

 もちろん、専門の研究者がやらなければうまくいかないが、これだけで線維芽細胞から、肝細胞をつくりだすことができる。

 ダイレクトリプログラミングをめぐっては、じつは1980年代に、すでに線維芽細胞から、筋肉の細胞がつくられることが報告されていた。こうした下地があった中、山中教授が2006年にiPS細胞の開発を発表したことで、ダイレクトリプログラミングの研究者たちは「細胞を初期化する遺伝子は、やはり存在する」と息巻いた。ダイレクトリプログラミングの研究が一気に加速していたのである。

 これまでの代表的な成果は、11年1月に、米国でマウスの線維芽細胞から、神経細胞がつくられたというもの。また、日本でも同年3月に、マウスの皮膚細胞から神経細胞が、また6月に、マウスの線維芽細胞から肝細胞がつくられたという報告がある。

課題はヒトでの研究成果の蓄積

 マウスだけではない。10年11月、カナダでヒトの線維芽細胞から血液の前段階の細胞がつくられたと報告されている。ヒトでの研究は今後も増えていくことだろう。

 ダイレクトリプログラミングがiPS細胞技術より大きく勝るのは、短期間で欲しい細胞を得られること。iPS細胞経由の場合、半年程度の期間が必要なため、欲しい細胞を得る前に命を奪われる患者もいるだろう。一方、ダイレクトリプログラミングでは、欲しい細胞を得るまで1〜2週間。スピード感がちがうのだ。

 また、iPS細胞で問題となっている、細胞のがん化のリスクを減らすことができる。iPS細胞のがん化問題には、2つの道筋があるが、そのうち1つはiPS細胞をつくることによるもののため、このリスクをなくすことができる。

 ダイレクトリプログラミングの課題としては、ヒトの細胞を使っての成功例がまだ少ないこと、すべての種類の細胞をつくれるとは限らないこと、iPS細胞の1割に比べて1〜2%ほどと成功率が低いこと、がん化へ道筋のうち1つはまだ残されていること、などがある。

 これらの課題を考えても、最低限言えることは、iPS細胞だけが再生医療の切り札にはならないということだ。ある技術が開発されると、後発の技術がつくられて元の技術を凌駕するくらいに進歩する。そのようなことが、再生医療の研究でも起きているのである。
(文=漆原次郎)

漆原次郎

漆原次郎

1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。著書に『日産 驚異の会議』(東洋経済新報社)、『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』(洋泉社)、『模倣品対策の新時代』(発明協会)など。

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