春闘、ベアのまやかし?広がる正社員と非正規の格差、賃上げで消費拡大のウソ
こうした流れになった原因としては、 安倍政権の経済政策であるアベノミクスの成否を握る個人消費拡大へ向け、安倍首相が公然と経営側に賃金引き上げを迫ったことが大きな要因といえるだろう。しかし、春闘の結果で所得が増えるのは、労働者全体の5分の1にも満たず、かえって格差拡大に拍車をかける懸念が大きい。
春闘を実施する労組は少ない
この現実を説明するには、そもそも春闘とは何か、というところから始めなければならない。
労働条件の改善をめぐる労使の団体交渉、春闘の始まりは1955年にまで遡る。炭鉱、私鉄、電機など8つの労組が「共闘会議」を結成し、賃上げ要求したのが契機だった。以後、毎年春に行われる慣行が確立し、今日に至っている。2~3月に、まず大手企業でその年度の労働条件について労使が合意し、その後、中小企業がその相場をもとに交渉、4月までにほとんどの企業の春闘は終了する。
90年代以降は労使協調という馴れ合いが定着し、最近ではストライキらしいストライキにもめったにお目にかかれなくなった。それにもかかわらず、マスコミがこぞって報道するのだが、春闘の恩恵にあずかれるのは労組に所属している労働者だけなのだ。
賃上げを享受するのは一部のみ
ここで、調査数値を使って春闘のまやかしを明らかにしたい。具体的には「労働組合基礎調査(労組調査)」(厚労省)、「労働力調査」(総務省)、「賃金構造基本統計調査(賃金調査)」(厚労省)の3つの統計を使用する。
まず、「労組調査」は労組組織率(全労働者に占める組合加入者の割合)を推計している。2013年6月末の労働者数5571万人、組合員数987万人で、組織率は17.7%。3年連続で低下し、調査開始(47年)以降の最低を更新している。
組織率のピークは49年の55.8%、春闘史上最大のストライキで大幅な賃上げを獲得した74年でも33.9%あったが、03年には20%を割った。組合員数は94年の1269万人をピークに減少傾向が続き、11年に初めて1000万人を切った。
それだけではない。この組織率には、労働基本権に制約があり、春闘と直接関係ない公務員の組合員約174万人も含まれている。これを差し引くと、春闘の成果を享受できる労働者は約15%にすぎないのだ。
次に、「労働力調査」を見ると、直近の正規社員・従業員は約3242万人。「労組調査」と労働者数に違いがあるが、この数値を採用したとしても、全労働者のうちで組合員になっているのは3分の1に満たないことになる。
もっとも、組合がなくても、正規社員なら春闘結果を反映した賃上げが実現する可能性はあり、最大の問題は「パート・アルバイト」「契約社員・嘱託」「労働者派遣事業所の派遣社員」などの非正規の社員・従業員だ。「労働力調査」によると、非正規社員の数は1956万人で、10年前より約400万人も増え、その割合は全労働者の37.6%になっている。
問題は非正規雇用労働者の待遇
3つ目の「賃金調査」によると、月額平均賃金は正規が31万4700円、非正規が19万5300円で、非正規は正規より約12万円も少ない。
この非正規の給与をどうやって引き上げるのか。それが消費拡大につながるカギを握っている。つまるところ、安倍政権の賃上げ要請は、多くの一般国民にとっては意味のないものであるわけだが、マスコミはこの課題にどう対処すべきか論じることはほとんどないし、真正面から春闘のまやかしを批判することもない。
90年代前半のバブル崩壊以降続いた日本経済の悪化、そして15年以上も続くデフレ経済の中で、労組側は春闘で貧困解消や格差是正、雇用の適正化などを訴えるようになってはいる。しかし、正規と非正規の人件費はゼロサムの関係にあり、労組側も経営側と同じ穴の貉だ。非正規の待遇改善で正規の取り分がカットされるのは困るからだ。結局、春闘で非正規の待遇改善が実現するとしても双方が批判されない程度にとどまるだろう。
いずれにせよ、大企業の多くがベアを実施し、ボーナスを増やしても、4月からの消費税引き上げ3%分は埋めきれない。賃上げ→消費拡大→企業収益拡大→賃上げ……という好循環は夢のまた夢なのである。
あと20日足らずで消費税が引き上げになり、否応なく、日本人がその重みを実感する。
人口減・超高齢化社会の到来を踏まえれば、消費増税は避けて通れない。その現実を直視し、率直に国民と対峙する以外に道はないのに、それを避け、すぐに馬脚を現すリップサービスやパフォーマンスで乗り切ることは土台無理なのだ。安倍政権がこの厳然たる事実を思い知る時期はそう遠くないだろう。
(文=大塚将司/作家・経済評論家)
●大塚将司(おおつかしょうじ) 作家・経済評論家。著書に『流転の果て‐ニッポン金融盛衰記85→98』上下2巻など