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宮永博史「世界一わかりやすいビジネスの教科書」

病院のMRI検査、機器改良なしで泣き叫ぶ子供を激減させた方法とは?デザイン思考の本質

文=宮永博史/東京理科大学大学院MOT<技術経営>専攻教授
病院のMRI検査、機器改良なしで泣き叫ぶ子供を激減させた方法とは?デザイン思考の本質の画像1「Thinkstock」より

デザイン思考」という方法論がビジネスの世界で注目されている。米シリコンバレーにIDEOというデザイン会社があるが、その創業者が中心になってスタンフォード大学内に設置したデザインスクールがその発信地といえる。

 デザインというと狭い意味にとらえがちだ。しかし、デザインには設計という意味があることを考えると、製品やサービスの設計そのものもデザインであり、ビジネスモデルを設計するのもデザインということになる。

 利益をあげるための方法論を学ぶMBA(経営学修士)、技術をいかに利益につなげるかを学ぶMOT(技術経営)、そしてデザイン思考を学ぶデザインスクール。アプローチの仕方は異なるが、目指すところは同じである。顧客や利用者の立場に立って、魅力的なコンセプトを実現し、利益をあげて企業として継続していくことだ。

MRI受診を前に泣く子供たち

 デザイン思考の事例としてよく引き合いに出されるのが、米ゼネラル・エレクトリック(GE)のエンジニアがMRI装置に関する問題を解決したケースだ。NHK Eテレが放映している『スーパープレゼンテーション』という番組がある。毎年開催される世界的講演会であるTEDカンファレンスで行われた、選りすぐりのプレゼンを紹介する番組だ。4月7日放映分でも、IDEOの創業者であるデビッド・ケリー氏がこの事例を紹介している。

 GEのエンジニアであるダグ氏は、自分が開発に携わったMRI装置に誇りを持っていた。ところがある日、病院でMRI装置が使われる様子を観察していると思わぬ場面に遭遇する。MRIを受診しようとしている子供たちが怖くて泣いているのだ。

 磁石が高速でうなりをあげて回転する狭い空間に入り、そこで長い間じっとしていなければならないのは、大人にとっても苦痛である。まして子供たちは怖くて泣いてしまうのが当然だ。正しい検査を受けるために、子供たちの80%が受診前に鎮静剤を打たなければならないという現実を突きつけられたダグ氏は、ショックを受けたのである。

あなたならどう解決しますか?

 さて、あなたがダグ氏ならこの問題をどう解決しますか?

 いろいろな解決法が考えられる。たとえば、子供だけで装置に入るのが怖ければ、親も一緒に入ってはどうか。そうしたら、子供は安心するのではないか。これも解決法のひとつかもしれない。

 そのためには、MRI装置の大幅な改良が必要となる。これを挑戦しがいのある開発目標だと考えれば、すぐに技術開発の検討に取り掛かるかもしれない。あるいは、鎮静剤を打つのに、痛くない注射針を使ったらよいのではないかという解決案を考える技術者もいるだろう。

 果たしてダグ氏はどのような解決案をとったのであろうか。彼はMRI受診を海賊船物語に変えてしまったのである。つまり、MRI装置と検査室の壁に絵を描かせ、まるで海賊船の中のように仕上げ、子供たちが海賊たちに見つからないようにじっと隠れているというアトラクションに変えてしまったのだ。

 さらに、検査技師たちにも子供たちとの接し方を訓練させた。受診する子供たちには、これは楽しい乗り物なのだよと説明する。こんな具合だ。「今から海賊船に乗り込むよ。海賊たちに見つからないようにじっとしていて!」

 するとどうだろう。鎮静剤を打つ子供はわずか10%に激減したという。効率が上がり、一日に検査できる子供の数が増え、病院にとっても大満足の結果となったのである。

 では肝心の子供たちはどうだったのか。ダグ氏はうれしそうにこう紹介する。MRIを受診した(しかし当人は海賊船に乗り込んだと思っている)子供が、「ママ、また明日やりたい!」と語っていたのだ。

デザイン思考の本質

 この事例からさまざまなことを学ぶことができる。MRI装置の改良や注射針などは不要であった。必要だったのは、子供だましではない本物のアトラクションという環境づくりとスタッフ教育であった。デザインとは単に絵を描くことではない。ストーリー作りやスタッフの教育もデザインの対象なのである。

 よく「デザイン思考は1を100にするのではなく、0から1を生み出す」ものだといわれる。しかし、これはややもすると誤解を生む。ここで紹介したケースも決して「0から1を生み出して」いるわけではない。確かに、MRI検査という世界ではそうだったかもしれない。しかしアトラクション自体はディズニーランドなどですでに行われているアイデアだ。それをMRI検査の世界に持ち込んだのである。

 デザイン思考とは「点と点を結ぶ作業」にほかならない。技術者も専門分野だけに閉じこもっていては点を増やすことができない。視野を広げて点を増やして、点と点を結びつける努力が求められている。デザイン思考とは才能ではない。地道な実践なのだ。
(文=宮永博史/東京理科大学大学院MOT<技術経営>専攻教授)

【参考文献】
1.『クリエイティブ・マインドセット』、デイヴィッド・ケリー&トム・ケリー著、日経BP社(2014年)
2.「創造力に自信を持つ方法」、『スーパープレゼンテーション』、NHK Eテレ、2016年4月7日放映

宮永博史/東京理科大学大学院MOT<技術経営>専攻教授

宮永博史/東京理科大学大学院MOT<技術経営>専攻教授

東京理科大学大学院
経営学研究科 技術経営(MOT)専攻教授。東京大学工学部・MIT大学院修了。NTT、AT&T、SRI、デロイトトーマツコンサルティング(現アビームコンサルティング)を経て2004年より現職。主な著書に『ダントツ企業』『顧客創造実践講座』『世界一わかりやすいマーケティングの教科書』『幸運と不運には法則がある』『理系の企画力!』『技術を武器にする経営』(共著)、『全員が一流をめざす経営』(共著)、『成功者の絶対法則 セレンディピティ』などがある。

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