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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

フリーメイソンだったモーツァルトは、名作オペラ『魔笛』のせいで暗殺されたのか?

文=篠崎靖男/指揮者
フリーメイソンだったモーツァルトは、名作オペラ『魔笛』のせいで暗殺されたのか?の画像1「Getty Images」より

 7月18日付本連載記事で、モーツァルトはギャンブル依存症だったと紹介しました。そんなモーツァルトは、フリーメイソンの会員でもありました。そして、フリーメイソンの会合で出会ったメンバーにまで、借金の無心をしていたようです。

 皆さんは、フリーメイソンと聞いて、何をイメージなさるでしょうか。「世界を意のままに操る秘密結社」「国家転覆を狙って暗躍している集団」――。そんな言説が、インターネットで調べるとたくさん出てきます。しかし、フリーメイソン発祥の地といわれている英国では、そんな話は聞いたことがありませんし、地方の町でもフリーメイソンの建物が目抜き通りに建っています。ロンドンのど真ん中には、世界のフリーメイソンの総本部の巨大な建物があり、別に怪しまれることもなく自由に入れますし、中には土産物店まであります。ちなみに、フリーメイソンは英国皇太子が総裁を務めています。

 フリーメイソンには、アメリカ建国時の大統領から、最近話題になった高須クリニックの高須院長まで、世界中にメンバーがいますが、ケンタッキー・フライドチキンのカーネル・サンダースもそうです。少し前までは、各店の前にカーネル像が蝶ネクタイと白いスーツを着て立っていたことを覚えておられるでしょうか。1985年に阪神タイガースが21年ぶりの優勝を果たした時に、一部ファンによって、優勝の立役者ランディ・バースの代わりに胴上げされ、大阪の道頓堀川に投げ込まれたあの像です。今は、エプロン姿をしていますが、昔は白いジャケットを着て、胸には2つバッジが着けられていました。そのバッジ、ひとつはロータリークラブ、もうひとつがフリーメイソンのバッジであることを、ご存じの方は少ないと思います。

 モーツァルトの話に戻ります。彼の時代は、啓蒙思想の嵐が吹き荒れていました。啓蒙というのは、“蒙(暗いこと)を啓く(開く)”という意味です。大辞林で調べますと、「人々に新しい知識を与え、教え導くこと」と書かれてあります。当時は封建時代で、王侯貴族と庶民の身分の差がはっきりしていました。しかし、封建主義は、「人間は神の下ではみな平等」というキリスト教的精神に反している矛盾をはらんだ制度でもありました。どうしてそんな理不尽な制度が存在していたかといえば、これまでの人間が“蒙”つまり無知であったことが原因だと考えられ、人々を正しい知識によって“啓く”。つまり啓蒙することによって、本来あるべき真の人間世界をつくっていこうというのが啓蒙思想なのです。

 ところで、こういう話があります。啓蒙思想の沸騰ともいえるフランス革命の時期でも、パリから遠く離れた農村では、啓蒙思想なんてまったく知られていませんでした。地方の農民は、“蒙”だったわけです。そんな彼らに、ルイ16世がギロチンにかけられたニュースが伝わってきます。彼らは、神に授けられた地位である国王が、神をも恐れぬ暴徒たちに殺されたと考えました。そのため、「明日からはもう二度と太陽が出てこない」と本気で信じたそうです。しかし、翌朝の朝日を見て、もう一度驚きます。国王がいなくなっても、何も変わらず太陽は出てきたからです。

 そんな時代ですから、教養があることが会員資格だったフリーメイソン会員の多くによってフランス革命はリードされ、そしてフリーメイソンの信条である“自由・博愛・平等”は、そのままフランス革命のテーマとなり、今もなおフランス国旗の3色は、この3つの信条を表しているのです。

フリーメイソンの儀式をオペラにしたモーツァルト

 さて、モーツァルトがウィーンに来た当時のオーストリア皇帝ヨーゼフ二世は、「啓蒙君主」と呼ばれていて、ついでにいえば彼もフリーメイソンの会員です。皇帝であっても、モーツァルトのような平民であっても、フリーメイソンの場では身分を気にせずに、「人間にとって一番大切なのは博愛だ」と語り合い、人間はみな自由で平等なのだと心をひとつにする。そんな場だったのです。

 モーツァルトが、実際に政治的に敏感な人物であったことを我々に教えてくれるのは、名作オペラ『フィガロの結婚』です。もともとはフランスの舞台劇で、平民である使用人が、貴族である主人をだます、封建制度下では考えられない内容であり、実際に民衆の蜂起を感じ始めていたフランスでは上演禁止でした。しかし、身分制度に対する批判ではなく、「自由、博愛、平等」がテーマだとモーツァルトにいわれると、最初は反対していた啓蒙君主・ヨーゼフ二世も上演を認めざるを得なかったのです。

 モーツァルトの最高傑作ともいわれているオペラ『魔笛』は、フリーメイソンそのものです。この作品は、王侯貴族でなく一般市民向けの劇場で上演されていたのですが、フリーメイソンの会合で行われる主要な儀式がいくつも取り入れられています。モーツァルトは『魔笛』の作曲後ほどなく亡くなったので、「秘密結社フリーメイソンの儀式を一般市民にまであからさまにしたから、モーツァルトは暗殺されたんだ」と、おもしろおかしく言う人もいますが、それはまったく違います。それならば、『魔笛』の台本を書き、作曲の依頼をした興行主のシカネーダこそ暗殺されるべきですが、彼は殺されていません。ちなみに、シカネーダもフリーメイソンの会員です。

 この歌劇には、大蛇は出てくる、小鳥をつかまえることを生業にしているご機嫌な男が嫁探しをする、夜の女王は派手に声を張り上げる、舞台には火や水の場面があるなど、今で言うと、ディズニーミュージカルのような賑やかさですが、これに極上の音楽をつけたモーツァルトは、やはり“大天才”です。一方で、それを見ながら時には大声で笑ったに違いない一般民衆たちにとって、フリーメイソンの内容はわからなくても、よく知られた存在だったのでしょう。

 その後、啓蒙思想とともにフリーメイソンは、王侯貴族や教会の権威を脅かす存在として縮小を余儀なくされますが、今でもウィーン市立博物館にはフリーメイソンに関する部屋があるくらい、“陰謀の秘密結社”という存在とは程遠く、ロータリークラブやライオンズクラブのように、現在でもアッパークラス(上流階級)の社会的ステータスでもあります。

 フリーメイソンは、「世界を牛耳った組織」というよりも、世界を牛耳るような力を持った大物政治家や経済人、著名文化人が入会していたというほうが正確かもしれません。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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