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永濱利廣「“バイアスを排除した”経済の見方」

安倍政権が導入検討のサマータイム、労働が長時間化すれば意味なし…効果と損失は未知数

文=永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト
安倍政権が導入検討のサマータイム、労働が長時間化すれば意味なし…効果と損失は未知数の画像1安倍首相(写真:日刊現代/アフロ)

政界に出現するサマータイム導入の動き

 夏の間、時計の針を進めるサマータイム制の導入を目指す動きが出ている。そのなかで、サマータイムの導入に伴って我々の生活活動時間内に明るい時間が増加すれば、娯楽・レジャー・外食等への出費増を通じて経済効果をもたらす可能性があることが指摘されている。事実、すでに公益財団法人日本生産性本部がサマータイムの経済社会に与えるインパクトを調査しており、短期的な直接効果と長期的な間接効果の両面から報告している。

 ただし、こうした効果のなかには省エネやライフスタイル変化による効果が含まれており、必ずしも短期的にGDPに影響を及ぼすとは限らない。また、経済波及効果についても、余暇需要の増加といった切り口から産業連関表を用いて産業ごとの生産および付加価値誘発額を試算している。しかし、サマータイムの導入で増加するのは余暇時間そのものではなく、余暇時間に占める日照時間である。

 そこで本稿では、サマータイムの導入により期待される効果を、我々の生活時間内に明るい時間が増加することによる家計の消費支出の増加と定義する。そして、明るい時間が増加することによる家計消費への影響を通じて、サマータイム制導入に伴う消費刺激効果を試算してみた。

サマータイムの定義

 そもそもサマータイム(夏時間)の定義としては、日照時間が増加する時期に時計の針を早めて早起きをし、その明るい時間を有効に活用しようとするものである。世界では欧州40カ国をはじめ、60カ国がサマータイム制を実施しており、特にOECD加盟国では35カ国中31カ国がサマータイムを実施している。そして、未実施国としては日本、韓国、アイスランド、トルコと少数派である。

 こうした導入国では、ライフスタイルの改善や余暇の充実、省エネ・環境保護の推進、観光の振興、治安などの面で評価されており、市民生活に根付いた制度となっている。ただ、日本でも戦後にGHQの指令によりサマータイム制度を実施したが、国民の理解を得られず4年で廃止となった。そして、その後に何度も省エネ目的で検討されたが、結果的に見送られている。

サマータイム導入の効果

 一般的なサマータイム導入の効果としては、電気等の使用を控えることでエネルギーの節約や温暖化ガスの削減に役立つことのほか、退社後の明るい余暇の時間ができることで、小売店等の売上増や仕事の後の時間を楽しむことができる等が指摘されている。ただ海外の事例では、最も明確な効果として交通安全・防犯効果が指摘されている。

 なお省エネ効果としては、チーム・マイナス6%(地球温暖化の一因とされる温室効果ガスを抑制するために2005~09年12月まで日本国政府が主導したプロジェクト)が、4-9月までの6カ月において1時間サマータイムを実施しても、原油換算の節約量は政府の省エネ対策目標の1%に満たないが、約25万世帯の1年分のエネルギー消費量に相当すると指摘していた。また、サマータイムに伴う年2回の時計変更により、少なくとも年2回サマータイムの意義や環境問題についてPRすることで、さらなる省エネに寄与するとの指摘もある。

経済波及効果の既存試算

 サマータイムの経済波及効果としては、日本生産性本部が04年4月に「レジャーや観光産業に対する余暇需要の増加は6471億円で経済波及効果は9673億円になる」との試算を公表している。ちなみにこの付加価値の増加は、GDP比で約0.2%に相当する。また、政府や民間部門におけるコンピューターやソフトウェアの対応等でも数千億円レベルの初期投資が必要となり、システムの面でも経済効果が期待できるとの向きもある。

安倍政権が導入検討のサマータイム、労働が長時間化すれば意味なし…効果と損失は未知数の画像2

 そこで以下では、日照時間が名目家計消費に対して及ぼす影響を検証した。日常の生活時間が2時間前倒しになることにより余暇時間内の日照時間が2時間増加することに着目し、ここでは全国の年間合計日照時間を平均した日照時間を用いた。各年の日照時間が名目家計消費に及ぼす影響を試算した結果に基づけば、年間で+0.3%ほど年間の名目家計消費が増加することになる。ここで、17年度の名目家計消費が246兆円程度であることからすれば、約0.3%の増加は約7532億円に相当することとなる。

 なお、09年7月の1カ月間、札幌市で行われたサマータイム導入の実験をもとにした試算では、レジャーおよび観光産業に対する個人消費の増加を通じて北海道のGDPを0.4%押し上げる効果が確認されている。札幌市の実験でも生活時間を2時間前倒しにしたことを勘案すれば、当社の試算結果は札幌市の実験をもとにした試算結果と概ね整合的な結果になっているといえよう。

サマータイムを導入しても労働時間が延びれば意味はない

 前述では、定量化が可能な家計消費を中心とするサマータイムの経済効果を算出した。しかしこのほかにも、たとえばシステム変更等の導入コストがかかること等により企業の設備投資が押し上げられる可能性もあり、当社が想定する以上の特需が発生する可能性も否定できない。ただ、サマータイムを導入してもその分だけ勤務時間が増えれば、当然のことながらこうした経済効果は縮減される。事実、我が国が1948年に当時のGHQの指導で取り入れたサマータイムでは、朝鮮戦争特需により長時間労働を余儀なくされ、食糧不足とも相まって結局4年で廃止となった経緯がある。

 従って、当社が試算するほどの経済効果が発生しない可能性も十分考えられるだろう。なお、今回の試算に当たり種々の仮定を置いていることから、経済効果の額に関しては十分な幅を持って判断する必要がある点についてはご留意いただきたい。

 また、こうした中小企業等で労働時間の延長につながる労働強化の可能性以外にもサマータイム導入に伴う問題点は多い。たとえば、人体の体内時計が狂うことで睡眠不足になり、労働者の生産性が低下する可能性もある。また、早く帰宅して自宅や娯楽施設で電気を使用するなどでエネルギー節約効果が削減されるとの指摘もある。そして何よりも、時計の針を動かすことに伴う余分な導入コスト負担の増加や、システムを中心とした混乱といった大きなリスクが伴う。

 以上より、サマータイム導入の選択基準としてトータルの便益を定量的に算出することには限界があり、問題点の完全解決にも課題が残るといえよう。そもそも、先進国のほとんどが導入していることへの対応や、明確に交通安全や防犯効果等を目的としたものであれば理解できる側面もある。しかし、東京五輪に向けた暑さ対策が目的なのであれば、効果が不透明でシステム等のトラブルリスクの伴うサマータイムを導入するよりも、競技時間の変更等で対応するほうが国民の理解を得やすいものと思われる。

 従って、環境や経済、防犯面での不確実なメリットだけでなく、労働強化や生産性低下、システムトラブル等のテールリスクについても活発に議論され、良い方向に進むことを期待したい。
(文=永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト)

永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト

永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト

1995年早稲田大学理工学部工業経営学科卒。2005年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年第一生命保険入社。98年日本経済研究センター出向。2000年4月第一生命経済研究所経済調査部。16年4月より現職。総務省消費統計研究会委員、景気循環学会理事、跡見学園女子大学非常勤講師、国際公認投資アナリスト(CIIA)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、あしぎん総合研究所客員研究員、あしかが輝き大使、佐野ふるさと特使、NPO法人ふるさとテレビ顧問。
第一生命経済研究所の公式サイトより

Twitter:@zubizac

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