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「雑草系臨床心理士・杉山崇はこう考えます」

野田市小4虐待死は他人事ではない…自分の子を殲滅の対象にする人間の本能と家庭環境

文=杉山崇/神奈川大学心理相談センター所長、人間科学部教授、臨床心理士
野田市小4虐待死は他人事ではない…自分の子を殲滅の対象にする人間の本能と家庭環境の画像1野田市のHPより

 千葉県野田市の小4女児虐待致死事件は、本当に痛ましい事件でした。父親に暴行されるだけでなく、真夜中に立たされ、真冬に冷水を浴びせられ、最期は父親に激しい暴行を受けて亡くなったそうです。誰にも助けられることも、救われることもなく――。多くの方が無念な思いを募らせています。

 母親、学校や児童相談所をはじめ周囲の何人もの大人が事態を把握していたにもかかわらず、「誰も助けてくれない」という絶望のなかでの死です。人は愛されることで痛みから救われる生き物ですが、愛を感じられずに逝くことになった苦しみは想像を絶します。こんな事件は二度と起こってほしくありません。では、どうすれば防げたのか、ここでは父親と母親の心理学から考えてみましょう。

母親はなぜ父親の暴力を止めなかったのか?

 この事件には多くの謎がありますが、まず、なぜ母親は父親を止められなかったのかを考えてみましょう。私には母親は学習性無力感、そしてストックホルム症候群に陥っていたように見えます。学習性無力感とは、何をやってもどうにもならない体験を繰り返すことで、状況を変える気力を失って何もしなくなることです。この状態では「何もしない」が唯一のできることだと思い込んでしまいます。実際、「(父親の暴力を)止めてもどうにもならない」と周囲に漏らしていたそうです。

 そして、ストックホルム症候群とは、自分に危害を加える可能性を持つ対象に協力的になることです。加害者と長期間生活を共にするなかで陥りやすく、立てこもりの銀行強盗に人質として監禁されていた人たちが多く陥ったことで知られています。恐怖によるマインドコントロールともいえます。母親は虐待に加担したと疑われているわけですが、本当に加担していたなら父親にマインドコントロールされていたと思われます。

環境に支配される人の心

 これは他人事ではありません。心は私たち自身のものでもありますが、実はかなり環境に支配されるものなのです。米スタンフォード大学の監獄実験で看守役に同一化しすぎた学生たちが、囚人役の学生たちを虐待して心的外傷を負わせた事件はあまりにも有名です。また、アイヒマン実験と呼ばれる社会心理学の実験では、場を支配する権力者に命令された人の65%は、罪のない人に高圧電流を流す操作(実際には電流は流れない)をしてしまいました。人の心は多分に環境に支配されているのです。

 学習性無力感とストックホルム症候群の両方に陥ってしまうような状況に置かれたら、私たちも良識的に振る舞うことができないかもしれません。また、助けを求めることさえもできないかもしれません。そのような環境をつくらないことが重要です。

父親はなぜ暴力をふるってしまうのか?

 では、父親はなぜ家庭をこのような環境にしてしまったのでしょうか。いたいけな子どもに暴行してしまったのでしょうか。

 虐待の加害者心理には多くの考察がありますが、私は人の心が持つ敵を殲滅する本能、そしてその本能を刺激する環境に根本的な原因があると考えています。

 家族は母親の実家である沖縄に住んでいたこともあり、40代の父親は沖縄県関連の東京事務所の嘱託職員だと伝えられています。嘱託職員は、一概にはいえませんが身分が不安定で低収入なこともあります。職場での立場も決して良くないことも多いようです。

 現代社会は格差社会化が進み、社会に余裕がなくなるなかで、世の中の自分への待遇に不満を持つ男性が増えているといわれています。役職定年や定年退職などでそれまでの厚遇を剥奪された中高年の不満は、鉄道関連暴力の統計にも表れていますが(※)、父親も自分に対する社会的な評価になんらかの不満を抱えていたのかもしれません。

子どもが敵に、子どもが罪人に見えてしまう心理

 不満で機嫌が悪い状態は、敵を殲滅する本能が発動しやすい状態です。イライラしている人に不用意に近づくと八つ当たりされますよね。この状態だと、誰でも彼でも敵のように見えてしまうのです。

 子どもは自由な存在で親の所有物ではありません。親の思い通りにならないのは当然のことです。しかし、イライラが募っていると、わざと自分に嫌がらせをする敵のように見えてしまって、虐待に至るケースが多いようです。特に自分が王様になれる家庭のなかでは、王に歯向かう罪人のように見えてしまって、さらに容赦がなくなってしまうこともありえます。

 もちろん、良識を強く持つことで自分を顧みることができるのが人間です。人間らしさを失って自分を顧みることができなかった父親の人間性も事件の大きな要因ですが、敵を殲滅する本能が発動しやすい状況にあったとはいえるかもしれません。

 事件の闇を説いても被害者は蘇りません。失われた命は戻ってきません。しかし、もう二度とこのような事件を起こさないために、心を支配されるような家庭やイライラが募るような環境を生まない社会の仕組みも必要です。子どもの安全を守れる社会に向けて、親が抱えるリスクもいち早く発見して、必要な手立てを取れる社会の設計をみんなで考えられればと思います。
(文=杉山崇/神奈川大学心理相談センター所長、人間科学部教授、臨床心理士)

【注釈】
※JR3社・日本民営鉄道協会ら(2014)「鉄道係員に対する暴力行為の件数・発生状況について」

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