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京都水族館やすみだ水族館が“革命”と礼賛される裏で「水族館の危機」…娯楽施設化の代償

文=小川裕夫/フリーランスライター
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「Getty Images」より

 京都水族館すみだ水族館(東京)といった、従来は不可能とされてきた海から離れたエリアに水族館が続々とオープンしている。内陸地に水族館がオープンできるようになったのは、排水・濾過といった水環境関連技術が向上したことによる。これが水族館革命ともてはやされ、各地で水族館のオープンが相次いだ。

 その一方、これまでの水族館が危機に瀕している。兵庫県神戸市にある神戸市立須磨海浜水族園は、このほど経営難から市営としての存続を諦め、民営化することを決定。入館料は3倍近くに跳ね上がると試算されているため、市民からは猛反対が巻き起こった。

 これまで動物園・水族館は公営が基本であり、割安料金で入園することができた。動物園や水族館が公営で運営されているのは、博物館などと同様に生態系や自然環境を学習する教育施設と捉えられてきた歴史があるからだ。しかし、近年は東京ディズニーリゾートやユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)といったテーマパークが人気を博し、公営の水族館などは客足を奪われている。公営といえども入園者が減少すれば、「税金の無駄遣い」との批判が巻き起こり、廃止論も出てくる。そのため集客に動かざるを得ない。

 もともと水族館とテーマパークはライバル関係にない。前述したように水族館は教育施設であり、テーマパークは娯楽施設に分類されるからだ。近年、地方自治体は人口減少などによって税収が先細り、財政に余裕はなくなった。そうした事情から水族館を支えることが難しくなっている。他方、大型テーマパークは莫大な税収をもたらす。東京ディズニーリゾートが立地する浦安市も、法人事業税収が潤沢な自治体として知られる。

収益向上という落とし穴

 また、公営事業に対する意識の変化も見逃せない。政府が掲げる「官から民へ」というスローガンによって、民営化できる公営事業は既得権益と見なされるようになり、水族館などの公営施設も黒字でなければならないという考えが広まった。ある動物園の職員は、こう話す。

「公営の動物園・水族館は大人の入園料が500円前後。高くても1000円には届かないレベルです。だから週末に家族揃って気軽に訪れることができます。しかし、民営化すれば料金は大きく跳ね上がるでしょう。相場としては2500円〜3000円ぐらいになるはずです。そこまで入園料を高くしても、実は施設側は儲けることができません。動物園は経費の大半が動物のエサ代ですし、水族館は電気代が経費の大半を占めます。経営合理化を名目にして、ここを削減すれば経営は成り立ちません」

 水族館の経営をてっとり早く黒字化するには、飼育している動物を減らしたり、コストのかからない動物に入れ替える必要がある。しかし、それでは水族館の存在意義を失う。上野動物園にジャイアントパンダの赤ちゃん「シャンシャン」が誕生して多くの来園者を集めたことは記憶に新しい。また、千葉市動物公園では“立つレッサーパンダ”として「風太くん」が一大ブームを巻き起こしたこともある。しかし、こうした人気にあやかって、すべての動物園がジャイアントパンダやレッサーパンダを揃えたら来園者は鼻白むだろう。

 動物園・水族館は、地域性や独自の特色を打ち出すのが本来の姿だ。たとえば、行動展示を実施したことで動物園の再ブーム火付け役となった旭山動物園(北海道)は、寒冷地であることを活かしてペンギンのお散歩パレードで人気を博した。オーシャンブルーの海が眩しい美ら海水族館(沖縄)は、雄大かつ優雅に泳ぐジンベエザメを集客の目玉にした。こうした地域性や独自性を無視して、収支だけで動物園・水族館を評価することはできない。

 しかし、大型テーマパークなどに客を取られているのも事実。そのため、動物園や水族館は対抗策として大型化やエンターテイメント性を高める施策を打ち出すようになり、ミュージアムからアミューズメント施設へと変化しつつある。そしてそれが、ますますテーマパークとの競合を激しくさせている。

葛西臨海水族園の改修問題

 採算性を重視する考え方が広がったことで、水族館を公営から民営へとシフトする機運は強まっている。1989年にオープンした東京都江戸川区の葛西臨海水族園も、今、改修問題で揺れている。同園は葛西臨海公園内にある水族館として知られ、公園内には観覧車や海水浴のできる砂浜、バーベキュー広場、ホテル、鳥類園などがある。

 2017年、東京都は葛西臨海水族園を改修する方針を発表した。有識者による検討会を設置して、新たな水族園像を模索し始めた。同園はGINZA SIX(東京)などを手がけた世界的建築家、谷口吉生が設計したもので、東京湾と葛西臨海公園の木々が調和したガラスドーム型の屋根は、建築作品としても高い評価を受けている。改修を検討する委員会には建築家の専門家がおらず、建物の価値をまったく議論することなく計画が進められ、建築家から大きな反発を受けることになる。

 そのため、東京都は19年に建築の専門家を加えた新検討委員会を発足。とはいえ、東京都としてはどうしても新しい施設をつくり、そこに水族館機能を移したいという思いがあるらしく、新たな検討委員会でも結論はほとんど変わることないまま議論が続けられている。

 オープンから30年が経過しているため、施設内には老朽化した部分も見受けられる。水族館は水を大量に使うため、施設の腐食は早い。また、東京湾に近い場所にあるため、建物外観も潮風によるダメージが大きい。それが建て替える理由にもされているのだが、元同園園長で現在はアクアマリンふくしま館長の安部義隆氏は、「定期的にメンテナンスをしていれば、30年で施設が使えなくということはない。定期的なメンテナンスと施設の新築を比べれば、コストを考えても既存施設を使うほうが合理的」と断言する。

 それにもかかわらず東京都が建て替えを強行するのは、同園の大規模化・娯楽施設化を狙っているからだと推測する関係者も少なくない。現在でもマグロの遊泳する水槽をウリにしているが、検討委員会ではそれよりも大きな水槽を設置する意見も出ている。大型化は同園をテーマパーク化させることにもつながり、近隣の東京ディズニーリゾートとの競争に晒されることになるだろうが、日本屈指の人気を誇るテーマパークに太刀打ちできるはずがない。民間へ管理委託・売却されることは容易に想像できる。

加茂水族館の事例

 同園の改修は民営化への布石とみる専門家も少なくない。仮に収益を重視して民営化したからといって、経営が黒字化するとは断言できない。ある地方自治体関係者は、こう話す。

「山形県鶴岡市にある加茂水族館は世界一のクラゲ水族館として知られ、年間50万人以上が訪れます。同水族館は長らく民営でしたが、思うように業績は上がりませんでした。しかし、市営化してから入場者数は右肩上がりに増え、いまや鶴岡市の観光の目玉ともいえる存在です。さらに13年には新館の建設費を工面するために、鶴岡市が公募債を発行しました。これは公営だからできる資金調達方法です。民営だったら費用対効果を検討されて、黒字化は困難という結論から新館建設は断念していたことでしょう」

 加茂水族館の新館建設は公営だからこそ実現できたともいえる。そして、いまや世界一のクラゲ水族館になり、日本全国から観光客を集め、最近では外国人観光客が山形に立ち寄る目的にもなっている。

 繰り返しになるが、動物園や水族館はミュージアムでありアミューズメント施設ではない。民営化の動きが広まるなか、そのあり方が問われている。

(文=小川裕夫/フリーランスライター)

小川裕夫/フリーライター

小川裕夫/フリーライター

行政誌編集者を経てフリーランスに。都市計画や鉄道などを専門分野として取材執筆。著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『私鉄特急の謎』(イースト新書Q)、『封印された東京の謎』(彩図社)、『東京王』(ぶんか社)など。

Twitter:@ogawahiro

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