最近、焼き肉チェーンに対する関心が高まっている。新興勢力の1人焼き肉店「焼肉ライク」の出店拡大によって、業界がにわかに活気づいたためだ。同じく新興勢力の「焼肉きんぐ」も出店攻勢を仕掛け、存在感を高めている。一方、古くからある焼き肉チェーンも黙ってない。「牛角」は月額定額制の食べ放題・飲み放題のサブスクリプション(定額課金)サービスの導入を試みて存在感を示している。他方、「安楽亭」は運営会社が業績不振で苦しんでいる。新旧入り乱れ、業界は混沌としている。
焼肉ライクは急成長を遂げている。運営会社はダイニングイノベーションで、2018年8月に1号店を開いた。同社は牛角創業者の西山知義氏が13年に設立した。焼肉ライクは業界に革命を起こした。焼肉店は1人では行きづらいイメージが強かったが、1人台の無煙ロースターを備えて1人でも気軽に食べられるようにしたことが功を奏し、人気を博すようになった。
現在、国内では関東を中心に約30店を展開している。この3月は怒涛の開店ラッシュで、ホームページでは6店舗のオープンが確認できる。焼肉ライクは当初、東京の繁華街を中心に出店を重ねてきたが、徐々に出店地域を拡大させ、東京以外や郊外ロードサイドにも触手を伸ばしている。
フランチャイズ展開にも力を入れている。ラーメンチェーン「幸楽苑」を展開する幸楽苑ホールディングス(HD)と18年12月にフランチャイズ(FC)契約を締結。幸楽苑HDは郊外ロードサイドで焼肉ライクのFC展開を進めている。
ダイニングイノベーションは23年までに焼肉ライクを直営とFC合わせて300店にする方針を掲げている。年70店程度を出店する計算になり野心的な数値だが、今の勢いを考えると達成できないこともないだろう。いずれにせよ、出店攻勢を仕掛けていく考えだ。
焼肉きんぐも店舗数が伸びている。運営会社は物語コーポレーションで、07年に焼肉きんぐの1 号店を開いた。現在は約220店を展開している。郊外ロードサイドを主戦場とし、家族連れで楽しめるバイキング形式の焼肉チェーンとして人気を博している。店舗数は安楽亭を抜いて牛角に次ぐ業界2位だ。
焼肉きんぐは食べ放題メニューが売りだ。2680円(税別)で「カルビ」や「ハラミ」など58品目から選べる「58品コース」、2980円(同)で「ドラゴンハラミ一本焼」など特別メニューも楽しめる「きんぐコース」、3980円(同)で「特選カルビ」など高級メニューも食べられる「プレミアムコース」の3種類がある。これら食べ放題は食べ応え十分で、たくさん食べたいというニーズに対応できている。
焼肉きんぐを主体とした焼き肉部門の既存店売上高は絶好調だ。19年7月~20年2月は前年同期比7.0%増と大きく伸びた。19年6月期は前期比2.2%増で、2年連続のプラスとなっている。好調な焼肉きんぐが牽引し、物語コーポレーションの足元の業績は好調で、19年7~12月期連結売上高は前年同期比10.3%増の315億円と大幅増収を達成した。
このように焼肉きんぐの業績は好調だ。ただ、今後は予断を許さない。焼肉ライクが郊外ロードサイドでの出店を強化し始めたためだ。安穏とはしていられないだろう。
サブスクで話題を呼んだ牛角
牛角も焼肉ライクの台頭に脅威を覚えている焼き肉チェーンのひとつだろう。運営会社はレインズインターナショナルで、前出の西山氏が1996年に牛角の前身となる焼肉店を開業したのが始まりだ。現在は全国に600店超を展開する。店舗数は他の追随を許さない、堂々の業界ナンバーワンだ。
最近の牛角は、焼き肉の食べ放題のサブスクで存在感を示している。昨年11月29日に月額1万1000円で通常3480円(税別)の「牛角コース」(90分食べ放題)が食べ放題になる「焼肉食べ放題PASS」のサブスクを始めたことが話題になった。同サービスは3回の利用で元が取れるというコストパフォーマンスの良さから人気に火がついた。だが、利用できる店舗が当初3店舗しかなかったこともあり、利用できる店舗にパスを持った客が殺到してしまった。それにより一般の客が利用できない状況になり、1月7日に販売中止に追い込まれた。
わずか3回の利用で元が取れ、しかも利用できる店舗が当初は3店舗しかなかったという無理がある設定だったことから、わざと利用客が殺到するような設定にして関心を集める「炎上商法」との批判も上がった。炎上商法を狙ったのかそうでないのか真相はわからないが、話題を集めることに成功したことは間違いない。
さらに牛角はこれに懲りずに、3月2日から31日まで一部店舗で1カ月間使用できるサブスクを新たに数量限定で販売している。7種類のコースを用意し、1番高いものが1万8700円の「500g焼肉定食」で、1番安いものが5500円の「生ビール付き50種類以上飲み放題」となっている。ラインアップは豊富だが、どれもコスパが良いわけではなく、利用できる店舗の数が少なかったり販売数が少なかったりで、「明らかな劣化版でガッカリ」といった失望の声が多数上がった。
このように牛角のサブスクは運用がうまくいっているとはいえない。それでもサブスクに挑むのは、話題のサブスクを実施することで、成否にかかわらず牛角自体を大きく宣伝できるためだろう。炎上するなどリスクもあるが、焼肉ライクなどの台頭でそこまでしなければ競争に勝つことができない状況になっているともいえる。牛角は国内では飽和に達しており、何もしなければ埋没していくだけだ。多少のリスクを負ってでも存在感を示す必要があるといえる。
存在感が低下する安楽亭
このように牛角、焼肉きんぐ、焼肉ライクが存在感を示しているが、一方で存在感が低下している焼肉チェーンがある。安楽亭だ。
安楽亭は1963年に創業。78年に法人の安楽亭を設立している。郊外ロードサイドを中心に出店を重ね、現在は全国に約180店を展開する。
安楽亭は90年代に存在感を示し業績は好調だった。しかし、00年代から競争激化などで低迷するようになる。連結売上高は01年3月期には360億円あったが、直近本決算の19年3月期は163億円と半分以下に減っている。同期の最終損益は1億300万円の赤字(前の期は1億4900万円の黒字)だった。
焼肉業界は焼肉きんぐや焼肉ライクといった新興勢力が台頭し、混沌としている。創業が古い安楽亭や牛角は、うかうかしていられない。いずれにせよ厳しい戦いが当面続きそうだ。
(文=佐藤昌司/店舗経営コンサルタント)