最近、居酒屋大手ワタミの存在感が高まっている。きっかけとなったのは、休校支援だ。新型コロナウイルスの感染拡大による小中高校の一斉休校要請を受けて、同社は弁当を宅配の料金だけで届けるサービスを実施した。これに対し、称賛の声が相次いだのだ。
近ごろ同様の動きが広がっているが、早い段階で休校支援を表明して注目を浴びたのがコンビニ大手のローソンだ。同社は3月2日、全国の学童保育施設に子どもたちの昼食支援を目的に、おにぎりを無償配布すると発表した。このことはメディアに大きく取り上げられ、称賛の声が相次いだ。これがきっかけとなり、休校支援の動きが広がっていった。
だが、ワタミの休校支援表明はローソンよりも早かった。2月28日に、弁当を宅配の料金だけで届けることを表明している。この対応は当初あまり報じられなかったが、同様の動きが広がったことで、徐々に取り上げられるようになった。それに伴い、ワタミが先駆けて休校支援を表明したことが知られるようになり、称賛の声が上がるようになった。「これぞまさにホワイト企業」といった声も聞かれた。
さらにワタミは、子育て中の家庭を対象として、2食以上の弁当を注文した場合に1食あたり宅配料込みで390円(税込み)と、通常より安い価格で提供する「子育て家族割」を3月に始めている。前述の休校支援を行った際に、子どもだけでなく子育て中の親の食事も注文したいという声が多くあったことから「子育て家族割」の開始を決めたという。また、サービス対象外のエリアのお客からも想定を上回る要望や問い合わせがあったため、冷凍総菜を全国に届けるプランを新たに追加している。
傘下の居酒屋の存在感も高まっている。新型コロナの感染拡大で外食を控える動きが広がっていることを受け、傘下の居酒屋で一部商品を100円(税別)という通常より安い価格で提供するキャンペーンを期間限定で実施した。第1弾として3月16日から期間限定で「本マグロの天盛り」を100円で提供した。同商品は通常、居酒屋「ミライザカ」で799円(同)、「和民」で790円(同)、「三代目鳥メロ」で699円(同)で提供しており、圧倒的な安さで集客を図った。18日からは第2弾として傘下の居酒屋「炉ばたや 銀政」で、陸前高田産の牡蠣を100円で提供する。100円キャンペーンは好評のため、今後も続けていく予定だという。
ブラック企業のイメージ払拭はまだ時間がかかるか
こうした新型コロナ絡みの施策は、ワタミのイメージアップにつながる。同社は過労自殺者を出したことなどで“ブラック企業”のレッテルを貼られ、それが原因で客離れが起きた。それにより今も厳しい状況が続いているが、これを機に流れが変わる可能性がある。
もっとも、ワタミはこれまでもブラック企業のイメージ払拭策をさまざまに講じてきた。ブラック企業のイメージが強い“ワタミ”の名を冠した「和民」を、「三代目鳥メロ」や「ミライザカ」に転換したことがそのひとつだろう。この“ワタミ隠し”により、客足は回復するようになった。ただ、これは企業体質が変わったことを意味するものではないので、根本的な問題解決にはならない。そのため、依然としてイメージは“ブラック企業”のままだ。
「ホワイト企業大賞」を受賞することでブラック企業のイメージ払拭も図っている。ホワイト企業大賞は、14年に発足したホワイト企業大賞企画委員会が表彰する賞だ。同委員会はホワイト企業を「社員の幸せと働きがい、社会への貢献を大切にしている企業」と定義している。年に1回選定し、表彰するという。1月に開催された第6回「ホワイト企業大賞」の特別賞に、ワタミ傘下の「三代目鳥メロ」が選ばれたのだ。
だが、このホワイト企業大賞を受賞したからといって、真のホワイト企業とみなされるわけではない。同賞には権威がないからだ。まだ歴史が浅く、主催団体に高い権威があるわけでもない。また、受賞のハードルがかなり低い。同賞の応募は他薦のみならず自薦も可能で、企業など団体が10万円を払えば応募できるうえ、今回応募した30数団体のなかで、何かしらの賞を受賞した団体は31団体にも上る。ハードルはかなり低いといえるだろう。こうしたことから、特別賞を受賞したからといって、ただちにワタミがホワイト企業になったとはいえない。
ワタミ、新型コロナウイルスの影響は最小限にとどまる
ただ、ワタミは新型コロナへの対応で評判を高めており、真のホワイト企業に近づいている感が出てきている。これは施策が奏功していると言っていいだろう。
こうした施策の陣頭指揮をとっているのが、創業者で代表取締役会長兼グループCEOの渡邉美樹氏だ。渡邉氏は6年間の参議院議員生活を終え、19年7月にワタミの取締役に戻り、10月には代表取締役会長に復帰した。グループCEOの肩書も加わっている。
渡邉氏は、参議院議員時代には目立った実績を残すことができなかった。議員活動と企業経営とでは求められるものが大きく異なるのだろう。ただ、ワタミの経営に復帰してからはなかなかと思える施策を矢継ぎ早に打ち出しているように見える。
前述したこと以外では、中国で展開する和民の全7店の閉鎖を決めたことが挙げられる。新型コロナの感染拡大で休業している店舗の客数減が長期化するとみて、退店を決めた。もっとも、この発表を額面通りに受け取ることはできない。新型コロナの影響はあるだろうが、もともとワタミの居酒屋は中国で苦戦を強いられており、不採算店の閉鎖を進めていたことから、新型コロナを言い訳に撤退したとみるべきだろう。
中国での不振もあり、ワタミの19年4~12月期の海外外食事業の業績は思わしくない。売上高は前年同期比5.3%減の50億円、セグメント損益は1億5300万円の赤字(前年同期は1億3900万円の黒字)だった。
こうした状況のなか、中国での和民の撤退はあざやかといえよう。「業績が悪いから撤退する」というよりも、「新型コロナの影響が長引きそうなので撤退する」と発表したほうが印象は悪くない。タイミングを逃さずにこのような大きな決断を下した渡邉氏の鋭敏さを垣間見ることができた。
新型コロナは外食産業にとって大きな打撃だが、ワタミは今のところうまく立ち回って影響を最小限に抑えることに成功しているように思う。
もっとも、同社はブラック企業批判で業績が悪化し、いまだに低迷が続いているので、予断を許さない。19年4~12月期連結決算は、売上高が前年同期比3.1%減の698億円、最終損益は3億5200万円の赤字(前年同期は8億900万円の黒字)だった。厳しい状況が続いている。
ただ、新型コロナへの対応でホワイト企業への足がかりを得た感があり、今後の対応次第では評判の上昇とともに業績が回復する可能性は低くない。今後、同社の企業イメージがどのように変わっていくかに関心が集まる。
(文=佐藤昌司/店舗経営コンサルタント)