日産自動車の事業体制と業績動向等の不透明感が一段と高まっている。その背景には、同社の業績悪化が止まらないことに加え、新興国などでの事業戦略が成長につながっていないことなどがある。また、世界最大の新車販売市場である中国経済が成長の限界を迎えた影響なども軽視できない。
その上、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、同社の経営先行きを懸念する市場参加者が増え始めた。感染拡大から、世界各国で実体経済が停滞し始めている。つまり、人の移動が制限され、消費(需要)と生産(供給)が急速に落ち込んでいる。
フランス政府は自国の産業を守るために大企業の国有化を辞さない考えを示しはじめた。今後の展開によっては、日産の筆頭株主であるルノーが国有化される可能性は排除できない。万が一ルノーが国有化されるとなれば、日産にもかなりの影響が及ぶだろう。
高まる日産を取り巻く不透明感
近年、時間の経過とともに日産はより多くの不確定要素に直面しているように見える。同社の経営陣の発言や業績の推移を基に考えると、事業環境は厳しさを増している。
不確定要素の一つとして、フランス政府が、ルノーと日産の経営統合を目指してきたことがある。自動車産業のすそ野は広く、完成車メーカーがその国の雇用や研究開発、設備投資や複数の部品調達を支えるサプライチェーンの維持などに与える影響は大きい。近年はEV(電気自動車)の開発、自動運転技術の実用化など、自動車の社会的機能が大きく変わり始めている。先端技術を開発できた企業は、競争を優位に進めることができるだろう。日産はEVである「リーフ」を投入することでこうした変化に対応してきた。
2015年、経済産業デジタル相(当時)の職にあったフランスのマクロン現大統領は、日産に対する議決権の引き上げを目指した。この時、フランス政府はエールフランスKLMへの議決権引き上げも目指した。
マクロン氏はフランス政府の企業経営への影響力を高めることで、ルノーと日産の経営統合を目指したかったはずだ。経済が停滞してきたフランスにおいて日産とルノーという世界的メーカーの経営統合が実現すれば、雇用には大きな効果があるだろう。それは、政治家としてのマクロン氏の手腕を世論に示し、支持を獲得するためにも重要だ。一方、当時ルノー・日産のアライアンスのトップの地位にあったカルロス・ゴーン氏はフランス政府の動きを警戒し、自らの立場に不安を覚えたとみられる。
その後、経済成長の限界を迎えた中国において日産の販売台数は伸び悩んだ。米国では新車の投入が遅れ、収益が落ち込んだ。新興国市場でも起死回生を目指した投入した「ダットサン」ブランドが伸び悩んだ。その上、2018年11月にはゴーン氏が逮捕され、日産の企業イメージは大きく傷ついた。その後、経営体制は落ち着かず組織全体にかなりの動揺が広まってしまったとみられる。
巨大なコロナショックのインパクト
さらに、新型コロナウイルスの感染が拡大し、日産の事業および経営環境の不安定感は一段と高まっている。
新型コロナウイルスは日産の生産の継続と販売の両面にかなりの下押し圧力をかけている。重要なことは、世界各国で感染を防ぐために入国制限などが実施され、人の移動が強く制限されてしまったことだ。米国などでは、原則として自宅待機を求める州が増えている。外出できなければ、経済全体での需要・供給ともに大きく停滞してしまう。欧州ではイタリアの感染拡大が深刻であり事態はより深刻だ。この問題は、日産だけでなく世界の企業にも共通するリスクだ。
欧州、米国では、日産をはじめ各国の大手メーカーが完成車の生産を一時停止し始めた。日産はスペインにある3つの工場で約3000人の一時解雇を決めた。この決定は、新型コロナウイルスの感染拡大によって、日産の事業運営が縮小均衡に向かい始めたことを示唆する。人の移動が制限されたために、世界全体でサプライチェーンが寸断され部品調達が困難だ。同時に、感染対策のための外出自粛や企業の操業停止を受けて需要が低下してしまっている。日産など各国の製造業が生産を再開できたとしても、新型コロナウイルス発生以前の販売水準を回復することは容易なことではないだろう。
日産はこれまで以上に厳しい状況を迎えつつあるように見える。新型コロナウイルスによる経済環境の不安定化から、コーポレートガバナンスをはじめとする経営体制と収益性の両面で、日産のリスクは高まっていると考えられる。同社は、できるだけキャッシュの流出を抑え、財務内容の悪化を防がなければならない。感染が長びけば、市場参加者を中心に日産の事業体制への不安が追加的に高まる展開は排除できない。
見方を変えれば、新型肺炎の感染がいつまで続くかによって日産をはじめとする自動車業界、さらには世界経済にかなりの影響がある。比較的短期間で感染が収まればよいが、イタリアなどの状況を見ていると先行きは楽観できない。
国有化を検討し始めたフランス
この状況下、ルノーの筆頭株主であるフランス政府は、自国経済を守るために、大手企業の国有化を検討し始めた。
フランス政府が重視していることの一つとして、雇用環境の悪化を食い止めることが考えられる。新型コロナウイルスの影響から企業の生産が落ち込み、業績の悪化が深刻化すると、企業はコストを削減して、収益を守らなければならない。その結果、失業者が増える可能性がある。失業者の増加は社会心理を悪化させる。世論の不満が高まるとともに為政者への批判は増え、右派への支持が拡大する展開などが想定される。マクロン政権はその展開をどうにかして防ぎたい。
ゴーンの逮捕後、ルノーは経営統合を追求するよりもアライアンス体制の維持を重視した。それは、業績が悪化するなかで日産に圧力をかけ、人材が流出するなどして事業体制が不安定化することを避けたかったからだろう。人材が流出してしまえば、EVをはじめとする日産の技術力を吸収することは難しくなる。
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、フランス政府、およびルノーが日産に配慮し続けるゆとりはなくなりつつある。事態が一段と悪化すれば、フランス政府が本当にルノーの国有化に踏み切る展開は排除しきれない。仮に、ルノーの国有化が実現した場合の一つのシナリオとして、マクロン政権がルノーの事業継続性の向上を目指して日産との経営統合を目指す展開が考えられる。そうなると、日仏の両政府を巻き込んだ利害の対立が一段と表面化し、日産の事業体制への不安等は一段と高まるだろう。
仮に新型コロナウイルスの感染が短期間で収束したとしても、米中を中心に世界経済の成長率は低下し、各国の自動車販売にはブレーキがかかる可能性が高まっている。日産が経営体制の安定と業績の立て直しをどう進めることができるか、先行きは不透明だ。新型コロナウイルスの発生とともに、日産は正念場を迎えているとみられる。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)