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藤和彦「日本と世界の先を読む」

サウジ政変危機、最悪の財政悪化、ムハンマド皇太子の暴走…イスラエル・UAE和平が拍車

文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員
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サウジアラビアのムハンマド皇太子(左、「首相官邸 HP」より)

 トランプ米大統領は8月13日、「イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)が国交正常化で合意した」と発表した。UAEはエジプト、ヨルダンに続き、イスラエルと国交を樹立する3番目のアラブ系国家となる。UAEは、1971年に建国されたペルシャ湾に面した7つの首長国による連邦国家であり、日本が原油輸入の25%を依存している大産油国である。

 イスラエルのリブリン大統領が17日、UAEの皇太子をエルサレムに招待したことから明らかなように、今回の合意で中心的な役割を果たしたのは、ムハンマド・ビン・ザイド皇太子である。欧米メディアは、サウジアラビアムハンマド皇太子(34歳)のことを「MBS(ムハンマド・ビン・サルマン)」、UAEのムハンマド皇太子(59歳)のことを「MBZ」と呼んで区別している。2人のムハンマドは親密なことで知られ、経験豊富なUAEの皇太子が、若いサウジの皇太子にさまざまな場面でアドバイスをしているといわれている。

 UAEの最高指導者であるハリファ・アブダビ首長兼UAE大統領が健康不安を抱えていることから、異母弟であるムハンマド皇太子がこのところ名代としての存在感を増しているが、どんな人物だろうか。

 ムハンマド皇太子は、ザイド初代UAE大統領の三男として生まれ、英サンドハースト陸軍士官学校を卒業した後、UAE軍でキャリアを重ねた。2005年に副最高司令官に就任し、実質的に軍を束ねている(最高司令官は大統領)。政府系投資会社のムバダラ開発の会長を2002年から務めるなど、影響力は広範に及んでいる。

 トランプ米大統領からの信頼が厚く、米国の中東政策に大きな影響を与えているとされており、オバマ政権時代から米国政府に提案していたイスラエルとパレスチナの和平構想がクシュナー上級顧問の構想の下地になっているといわれている。サウジアラビアのムハンマド皇太子と異なり、水面下で秘かに行動することが多く、あえて力を誇示するような表立った言動は控えてきたが、今回の合意で世界から注目されるようになったのである。

「脱石油改革」が頓挫寸前

 今回の合意により、UAEはハイテク技術・資金の両面でイスラエルからの支援が期待できるが、イスラエルの助けを何より望んでいるのはサウジアラビアだろう。サウジアラビアのムハンマド皇太子が掲げる「脱石油改革」が頓挫しかかっているからである。

 サウジアラビア政府は過去数十年で最悪の財政危機に直面しており、すでに付加価値税を3倍の15%に引き上げ、国民の大部分を占める公務員の手当てを停止するという荒療治を実施した。今年前半の原油価格の急落が主要因であるが、ムハンマド皇太子肝いりの巨大プロジェクトが大きな負担となっていることも見逃せない。

 そのプロジェクトとは、5000億ドルを投じて紅海沿岸に大規模未来都市を建設する「NEOM」であるが、財政難にもかかわらず、ムハンマド皇太子は予定通りの実施に固執している(2020年8月18日付日本経済新聞)。

「どこから資金を捻出すればよいのか」と頭を抱えた幹部たちが目を付けたのが、国営石油企業サウジアラムコである。サウジアラムコの第2四半期の決算は前年同期比73%減の65.7億ドルとなったが、今年の配当計画(750億ドル)は維持された。欧米メジャーが軒並み配当を削減しているが、サウジアラムコは最大株主である政府の意向により、純利益の3倍近い配当(187.5億ドル)を行ったのである。これにより、サウジアラムコは借入額を増加させるとともに、今年と来年の設備投資計画を大幅削減することを余儀なくされている。このような状況が続けば、サウジアラビアの富の源泉である原油生産能力が今後低下することになる。

「金の卵を産むガチョウ」の首を絞めるほどに資金難に陥っているサウジアラビアにとって、喉から手が出るほどほしいのはイスラエル・マネーである。「UAEを通じてサウジアラビアとイスラエルの交流が増える」との観測が出ているが、サウジアラビアのファイサル外相は19日、今回の合意について「従来のアラブ和平構想の立場を維持する」と述べ、UAEの外交とは一線を画す立場を明らかにした

ファイサル国王の遺訓

 UAEのムハンマド皇太子は、サウジアラビアのムハンマド皇太子に対して秋波を送っているだろうが、サウジアラビアには国交正常化の波に乗れない大きな障害がある。サウジアラビアを統治しているサウド家の正統性は、イスラム教の聖地であるメッカとメディナにある「2つの聖なるモスクの守護者」に由来するからである。今回の合意のように、イスラム教の第3の聖地とも呼べるエルサレムに対するイスラエルの支配を認めてしまえば、「すべてのイスラム教徒の擁護者」という立場が大きく揺らいでしまう。

 さらにサルマン国王の兄であり、第4次中東戦争でイスラエルに手痛い敗戦を喫したファイサル国王の遺訓(他のアラブ諸国がイスラエルと国交を樹立しても、サウジアラビアはこれに加わってはならない)もある。

 2人のムハンマド皇太子は緊密な関係にあるが、サウジアラビアがUAEの独立をなかなか承認しなかったという歴史が示すとおり、サウド家とザイド家は元来、ライバル関係にあり、仲が悪い。

 サウジアラビアのムハンマド皇太子が、UAEの誘いに乗ってイスラエルとの国交正常化に前のめりになれば、サルマン国王は可愛い我が子(ムハンマド皇太子)と決定的に対立する立場に追い込まれてしまう。そうなれば、サウジアラビア王族内の不満が噴出し、分裂の危機を迎えてしまうのではないか。

(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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