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原資は税金…京大・霊長類研究の世界的権威は、なぜ11億円不正支出に手を染めたのか

文=粟野仁雄/ジャーナリスト
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京都大学

 税金で研究しているはずの国立大学の学者たちがこのような「不正」(お役所得意のごまかし表現である「不適切」などのレベルではない)をしているのなら、“象牙の塔”の人たちは、日本学術会議の人事をめぐる政府介入に対する批判などできなくなってしまう。 

 会計検査院は11月10日、チンパンジー研究で世界的に有名な京都大学霊長類研究所(愛知県犬山市)の元所長で動物心理学者の松沢哲郎特別教授(70)ら4人の研究者による公的研究費の不正支出について、すでに大学側が内部調査で伝えていた約5億円に加えて、新たに27件で約6億2000万円の公金不正支出があったと発表した。 

 これで不正は総額11億2823万円に上るとみられる。京大側は9月までに、研究費の一部を支給していた日本学術振興会の求めに応じるかたちで、加算金の約4億円を含めた約9億円を返還しているという。 

 松沢氏のほか不正にかかわっていたとされるのは、同研究所の友永雅己教授、野生動物研究センターの平田聡教授、さらに同センターの森村成樹特定准教授。松沢氏らは平成23~27年までの5年間で霊長類研究所のチンパンジー飼育のための大型ケージと、野生センターの熊本サンクチュアリ(熊本県宇城市)の飼育施設の工事をめぐり、業者と架空取引などをしていた。 

 産経新聞によると、11億円の大雑把な内訳は、特定の業者に予算額を伝えて入札に参加させた事案が11件あり、約8億5000万円が支出された。さらにこの業者に見積もりをさせてから個別の業者に依頼させるなどしたケースが18件で約7500万円。このほか、契約をわざと分割してこの特定業者と随意契約するような事案が15件で約5300万円などだ。 

 会計検査院は「適正な会計経理を行うという基本的な認識が著しく欠如していた」と松沢氏らを批判、さらに事務方の経理責任者が契約内容を十分に確認していなかったとしている。 

 その一方で「不正支出された金は全額、業者に支払われており、松沢氏らの私的な流用はなかった」としており、刑事告発などをする予定は今のところないという。研究者の一人は「窮状を訴える業者に対して、なんとかしてあげたかった」と大学側に説明しているという。 

内部で見過ごされた不正

 この問題は2018年12月に内部告発を受けた大学側と会計検査院が同時に調査を始めていた。大学側の調べで入札妨害など28件、計5億670万円の不正支出が発覚した。松沢氏らは取引業者とずさんな契約を結び、業者が訴えた損失額を補てんするなどして国からの支出額を大幅に水増ししたほか、納品偽装や二重支払いなどの不正をしていた。 

 京都大学は今年6月に湊長博副学長や(霊長類)研究所の湯本貴和所長らが記者会見して謝罪していた。松沢氏らについて湊副学長は「自分の研究を進めることは大事だろうが、それは不正の言い訳にはならない」などと厳しく批判していた。 

 世界的レベルの研究で知られる研究所だけに、関係者の衝撃は大きい。なかでも松沢氏は霊長類研究の世界的な権威でもある。松沢氏は京都大学文学部哲学科を卒業後、「サルが見る世界」を研究しようと思い立ち、霊長類研究所に助手として入所。言葉や数字を理解し、天才チンパンジーとよばれた「アイ」を40年近く観察し、チンパンジーが人間と同じように色を識別できることなどを発見した。こうした研究から、人類研究においての「比較認知科学」と呼ばれる新たな研究分野を開拓した。成果は世界的に評価されて2004年には紫綬褒章、13年には文化功労章も受けている。 

 06年から12年にかけて霊長類研究所の所長を務めた松沢氏は、所長職を退いた後も同研究所の教授を続け、京大高等研究院の特別教授に就任している。同職は、ノーベル医学生理学賞受賞者の本庶佑(ほんじょたすく)氏や「数学のノーベル賞」と呼ばれるフィールズ賞を受賞した森重文氏ら4人だけしかいない、いわば「京大の看板教授」の栄えある地位とされる。 

 京大霊長類研究所は、宮崎県の島でのニホンザルの研究から独自の「今西進化論」を確立した文化勲章受章者・故今西錦司氏が1967年に創設したのが始まり。ユニークな研究で世界に知られ、京都大学のなかでもメディア露出などが多い人気の研究所になっている。 

 チンパンジーと人類の「心」の共通点を研究してきた松沢氏は、講演などで「人間とは何か、を追究してきた」と話している。それは結構だが「税金とは何か」を少しは考えたのだろうか。寄付を除けば不正支出の原資は国の研究補助金や運営費交付金、つまり税金である。経理を扱う事務職員たちは当然のこと、松沢氏らの不正に気付いていたが、「世界的権威」にモノが言えなかったという。

 京都大学は「6月は大学の調査なので記者会見で発表しましたが、今回は会計検査院の発表なので記者会見などをする予定はありません」(広報課)とのことだが、そんな対応でいいのだろうか。 

 11億円といえば、日本学術会議に政府が投じている年間予算10億円余と同じ水準。こうした不正が横行していれば、政府の“象牙の塔”への介入に格好の口実を与えるだけである。 

粟野仁雄/ジャーナリスト

粟野仁雄/ジャーナリスト

1956年生まれ。兵庫県西宮市出身。大阪大学文学部西洋史学科卒業。ミノルタカメラ(現コニカミノルタ)を経て、82年から2001年まで共同通信社記者。翌年からフリーランスとなる。社会問題を中心に週刊誌、月刊誌などに執筆。
『サハリンに残されて−領土交渉の谷間に棄てられた残留日本人』『瓦礫の中の群像−阪神大震災 故郷を駆けた記者と被災者の声』『ナホトカ号重油事故−福井県三国の人々とボランティア』『あの日、東海村でなにが起こったか』『そして、遺されたもの−哀悼 尼崎脱線事故』『戦艦大和 最後の乗組員の遺言』『アスベスト禍−国家的不作為のツケ』『「この人、痴漢!」と言われたら』『検察に、殺される』など著書多数。神戸市在住。

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