神戸山口組に「重鎮逝去」の悲報が飛び込む一方で、闘争継続を表明するかのような組指針を発表の画像1
分裂以前、山口組総本部での餅つき大会に参加した際の毛利組長(写真の中心)

 今年、中心的役割を果たしてきた大物組長たちの離脱や引退、そして移籍が相次いだ神戸山口組だが、年の瀬に来てまたしても不幸が起きた。結成当時から神戸山口組で本部長という重責を務めていた毛利組・毛利善長組長が病のために他界したのだ。

 毛利組長といえば、三代目山口組時代から組織に貢献し、最高幹部を歴任してきた故・ 岸本才三組長率いる初代岸本組で副組長を務めた一方で、五代目山口組時代からその職務実行能力を高く評価され、岸本組長の右腕として山口組総本部の実務の一旦を担ったほどの人物。その後、山口組の直系組長に昇格すると、六代目山口組体制では、新設された幹部に就任。引き続き、総本部の重要実務を担っていた。

 「五代目体制時代、規制強化を受けて、『今後は住民票を総本部に置いていない人物は、頻繁に出入りできなくなるのではないか』と言われた時があったのだが、その際には、岸本組長と毛利組長ともう1人の岸本組最高幹部が住民票を置くことが検討されたことがあった。それほど総本部には不可欠な存在であったということだ。その後、毛利組長を含む阪神ブロックの親分衆らを中心にした勢力が六代目山口組を離脱。もともと、大阪府の吹田市に本拠地があった毛利組は、阪神ブロックに所属しており、そうした関係からも神戸山口組に参画したのではないかと噂された」(業界関係者)

 そんな毛利組長の死去で、舎弟頭に続き、本部長の重責まで空席となった神戸山口組だが、その一方で、分裂問題渦中にあっても、今後も諦めず闘い続けることを表明するかのように、令和3年度の組指針が発表された。

 神戸山口組の組指針は「金剛不壊(こんごうふえ)」。意味するところは、非常に堅固で、決して壊れないことを意味する。それはつまり、まだまだ神戸山口組を解散させることはないと改めて意思表示したことを意味するのだろう。だからといって、神戸山口組を取り巻く環境が厳しいことには変わりがない。

 対する六代目山口組は12月21日、納会に代わる寄合を二次団体本部事務所で開催させ、その席上で令和3年度の組指針が発表されたという。その指針は、当サイトですでに報じたように例年同様「和親合一」。そして、五代目山健組の組指針は「信賞必罰」、絆會が「常在戦場」である。

 六代目山口組と、そこから袂を分かった各組織の組指針も出揃い、それぞれが令和3年度に向けて、動きだしたといえるだろう。
(文=山口組問題特別取材班)

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