生活費も子供の教育費も全部負担、財産も半分分与…離婚で妻に“むしり取られる”夫
令和2年はコロナ禍の関係か、婚姻も離婚も過去数年ではもっとも減少した。離婚が少ないのは、コロナ禍で絆を再認識したからなのだろうか。ただ、この5年間の婚姻と離婚を単純に比較すると、総じて婚姻届数の約3分の1が離婚届出となっている。離婚はもはや特別なことではない。
※2020年だけは概数 そのほかは確定数
※単位は組
出典:厚生労働省の人口動態総覧をもとに筆者が作成
離婚問題は親の介護にも影響をおよぼす。離婚には莫大なエネルギーを必要とするため、離婚問題を抱えながら親の介護に専念するのは困難だ。このため、他の親族から理解を得られず、トラブルになることも多い。
また、離婚相談にも新潮流が現れ出している。離婚は法律の問題だけではなく、子どもがいる場合には、学資を含めたお金や税金、不動産問題を抜きにして前には進めない。弁護士はあくまで法律の専門家であり、それ以外の問題にオールマイティで対処できるわけではない。
親の介護問題も抱えている方も珍しくないことから、筆者が代表理事を務める一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会では離婚相談にも対応している。最近では男性からの相談も増えてきた。相談には弁護士・税理士・不動産関係者・フィナンシャルプランナー(FP)・心理カウンセラーによる合同カンファレンスを行なうが、これは筆者の経験に基づくものだ。
筆者は離婚経験者だ。個人事業主という不安定な立場の上、今から15年以上前の離婚はシングルマザーへの偏見もあり、サポート制度もほとんどなかった。それでもなんとか子供2人を大学まで進学させることができたが、一番困ったのは、離婚後の生活設計やリスクを総合的にアドバイスしてくれるところがなかったことだ。離婚は、離婚後のライフプランを抜きにしては語れないことが骨身に染みている。
一般的に離婚は、妻側が不利な条件を受け入れざるを得ないというイメージがあるかもしれない。実際、シングルマザー世帯は経済的に厳しいケースもある。その一方で、夫からむしり取れるだけむしり取った妻の例もある。
夫の弁護士が作成した合議書に署名
A子さんは30代後半、夫のBさんは40代前半で、夫婦の間には、男の子がひとりいる。
Bさんは10年前に独立し、今では従業員7人の経営者だ。登記の際にはA子さんも役員として名を連ね、当初はA子さんも正社員として毎日出社していた。出産後はパート勤務に変更、子供が幼稚園に入ったことをきっかけに同社を退職し、登記からも外れた。
A子さんが、Bさんと従業員のC子さんの不倫に気がついたのは、Bさんが仕事用に別のマンションを借りていることが発覚したからだ。そこでA子さんは探偵を使って、証拠写真を押さえた。A子さんはスラリとした人目を引く美人で、都会的な雰囲気を醸し出している。一方、C子さんはA子さんより10歳ほど若いものの、まったく対照的な容姿とスタイルをしている。
A子さんは非常にプライドの高い女性だったからか、夫ではなく、帰宅途中のC子さんをつかまえて問い詰めた。実はA子さんの探偵への依頼も一番費用の安いコースを選択したため、専門家からすれば決定的な証拠にはならない写真だった。しかし、C子さんに写真を見せたところ動揺し、あっさりと白状した。悲しいかな、素人の追求ゆえ、A子さんは事実を認めたことに満足し、その日は別れた。
C子さんから連絡を受けたBさんは「1回だけの関係」と言い通し、後日、夫の知人という弁護士が作成した合議書が送られてきた。「C子とはすでに別れている」「このことでC子と夫に慰謝料を請求しない」との内容に、A子さんは署名捺印をした。
署名捺印するときに弁護士が入れば、状況が変わった可能性はある。というより、浮気疑惑の時点で弁護士に相談するのが一般的だ。A子さんは、すべてを自分でしないと気が済まない人で、しかも貯金はあるものの、離婚相談は無料で済ませたい人だった。
のちにA子さんはC子さんへの慰謝料請求を弁護士に相談した。「よくわからなかったが、署名捺印しなければ生活費を止められると思った」と主張した。しかし、弁護士が作成した書類に署名捺印をした以上、請求は非常に困難となる。
その後のC子さんはBさんの事務所に勤務し続けたばかりか、Bさんの泊まりの出張にもC子さんは同行し、さらにBさんは社内イベントにもA子さんの了解を得た上で子供を参加させ、C子さんのブログには子供と戯れる写真がアップされていた。A子さんは相変わらず、夫にC子さんとの関係を確かめることもせず、子供とC子さんとの交流にも文句を言わなかった。
「別居3年で離婚の要件が成立」ではない?
そうはいっても離婚の予感はあったのだろう。A子さんから相談を受けた弁護士は、探偵に再度調査を依頼することを勧めると同時に、A子さんに正社員として働くことを勧めた。健康上の問題はないというA子さんだが「体力がないので、パートも週に2回ぐらいしかできない。生活が今より苦しくなるなら、離婚はしない。探偵は費用がかかるし、C子さんは単なるビジネスパートナーだと思うので、自分で尾行します」と言い切った。
「尾行は、到底ひとりでできるものではない」ことを弁護士は伝えたが、A子さんはひとりで尾行を決行した。しかしながら、途中でトイレに行ったり、信号でひっかかったりで、結局、断念することとなった。その代わりなのだろうか、子供をBさんの会社に出入りさせ、C子さんの様子を報告させていた。A子さんは、その後も形骸化した結婚生活を続けた。
別居して3年が過ぎ、Bさんから離婚の申し出があった。ネット上には「別居3年で離婚の要件が成立する」という情報も散見されるが、必ずしもそうではない。愛知県弁護士会のHPには、こう書かれている。
<夫婦間の話し合いによる合意を前提にする「協議離婚」や「調停離婚」では、別居期間の長短に関わらず合意に達すれば離婚が成立します。(中略)あくまで参考にすぎませんが、過去の裁判例等から推測すると6~8年程度の別居期間が「婚姻関係の破綻」を認める一つの目安になりそうです。もっとも、裁判所が離婚を認める別居期間が徐々に短くなってきていることや民法改正案で5年の別居を離婚原因のひとつとする提案もあったことなどを考慮すると、現在はもう少し短い別居期間が目安とされているのかもしれません。近時の下級審判例では、3年程度の別居の事案でも離婚を認めているケースも見受けられます>
弊社団の相談でも、別居期間ではなく、案件ごとに内容を精査して総合的にアドバイスをしている。
Bさんが離婚を切り出した理由は、新型コロナウイルスに関係がある。昨春、Bさんの親友が新型コロナウイルス感染し重症に陥り、「明日はどうなるかわからない」と真剣に人生を考えるようになったそうだ。恐らく、Bさんは新型コロナウイルス感染を見据え、公私共に支えてくれているC子さんとのことを、けじめをつけたいと考えたのだろう。
経済状態で養育費は見直される
子供がいる夫婦の離婚相談では、子供の親権や養育費や学費などは、曖昧に済ませられない。また、「どんなに貧乏をしても、子供は手放したくない」というのが世間の母だ。しかしA子さんの主張は違った。「体力的に正社員として働けない。このため、生活費も家賃も教育費も今まで通り出してほしい。財産分与は半分をもらいたい。その代わり、子供は自由に行き来していい。子供は手元に置くが親権を夫が主張するなら、親権は渡してもいい」というものだ。
自分の主張が全部通ったとしても、いつまでそんな生活が保障されると思っているのだろうか。離婚時に取り決めても、その後の経済状態で養育費などを見直すことはある。事実、調停離婚した私の書類には見直しを認める記載がある。
もしBさんとC子さんが再婚して子供ができたら、BさんはA子さんの生活費をこれまで通り負担するだろうか。そのうち、BさんとC子さんが子供を引き取るという話が出ても不思議ではない。
A子さんを心配した筆者は、お節介は承知で個人的に何度か食事に誘ったり、子供を交えて小旅行に出かけたりしながら諭しもした。そして、ついに筆者はA子さんにこう言った。
「あえて厳しいことを言わせてください。私はBさんとC子さんはまだ続いていると思います。ビジネスパートナーというなら、探偵に再調査してもらって、すっきりすればいかがですか? 続いているならC子さんに慰謝料の請求もできますし、ご要望があれば、弁護士は交渉もします。子供にスパイのようなことはやめさせませんか? 大人になって、自分がそんな役をさせられていたと知ったら、どんな気持ちになりますか?
健康に不安を感じるなら、子供さんのためにも、一度きちんと病院に行ってください。仮にBさんがC子さんと再婚し、このままあなたが働かずにBさんに生活費の面倒を見てもらうなら、子供を引き取る話も出てくるでしょう。あなたは自分の人生をどう考えていますか? 辛いかもしれないけど、もっと自分を大切にしてください」
すると、まだ子供に関することは何も決まっていないのに、A子さんは「探偵も弁護士の交渉も頼みません。今も毎日が楽しい。離婚後は再婚して、人生を充実させたい」と言い放った。依頼人には150%の力で応えたいが、信頼関係を築いてこそだ。士業たちと相談し、丁重にお断りした。
結局、BさんはA子さんの要求をすべて受け入れ、離婚は成立した。弁護士のアドバイスにも耳を傾けず、一を言えば五ぐらいの反論が返ってくるA子さんの性格を知り尽くしているからこその結論だったのだろうか。
風の便りに、BさんはC子さんとの新たな人生を歩み始めると聞いた。A子さんにとって一番大切なものはなんだったのだろう。A子さんは10年後、どんな人生を歩んでいるのか。
夫婦とは? 離婚とは? さまざまなことを考えさせられる出来事だった。
(文=鬼塚眞子/一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会代表、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表)
※プライバシー保護のため、登場人物の設定を一部変更しています。