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江川紹子の「事件ウオッチ」第208回

江川紹子が斬る【安倍元首相・国葬問題】国会で可否を審議し、本当の民主主義を守れ

文=江川紹子/ジャーナリスト
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独断状態で安倍元首相の「国葬」を決めた岸田首相。国民の賛否は分かれているにもかかわらず、「聞く力」はどこへ……(写真は岸田首相)
独断状態で安倍元首相の「国葬」を決めた岸田首相。国民の賛否は分かれているにもかかわらず、「聞く力」はどこへ……。(写真=gettyimages、Sean Gallup/スタッフ)

 今月8日に銃撃されて死亡した安倍晋三元首相について、政府は「国葬儀」を行うと決めた。この件に関する政府のやり方には、釈然としない。反対論もあるなか、根拠も定義も明確でない国葬を執り行おうというのであれば、せめて国会での説明や議論、さらには決議なども必要なのではないか。

法的根拠も曖昧なまま、政府の独断で決定できるものなのか

 そもそも「国葬」とはなんだろうか。国家が主催し、経費は国が全額支払う葬儀を指すことはいうまでもないが、単に金の出所の問題だけではないだろう。明確にそれを定義し、その対象、あるいは手続きや内容などを定めた根拠法はない。

 政府は、内閣府設置法が根拠だとしている。しかし同法は、内閣府の所掌事務を列挙するなかで、そのひとつに「国の儀式…に関する事務」を挙げているにすぎない。つまり、国の儀式に関する事務は内閣府の仕事ですよ、と言っているだけ。これでは、いくら総理大臣経験者とはいえ、一個人の葬儀を「国の儀式」として執り行う根拠としては、あまりに薄弱だ。

 戦前は、大正末期に出された勅令「国葬令」があった。同令により、対象は天皇・皇太后・皇后のほか皇太子・同妃など皇室メンバーのほか、「國家ニ偉功アル者薨去又ハ死亡シタルトキハ特旨ニ依リ國葬ヲ賜フコトアルヘシ」と定められていた。

『国葬の成立』(宮間純一、勉誠出版)によれば、「特旨」とは天皇の思し召しを指す。「特旨」は天皇の大命を布告する公文書である「勅書」の形で公にされ、内閣総理大臣がこれを公告し、葬儀の式次第は総理が案を作成して、勅裁(天皇の裁断)を経たうえで決定されるなどの手続きも、国葬令で決まっていた。

 さらに同令は、国葬当日に国民が喪に服すことも義務づけていた。つまり国葬とは、天皇が「国家に偉功ある」と認めた者を、国を挙げて称え、政府主導で見送る儀式であった。つまり、そこには故人に対する高い評価を伴う。国民からすると、望むと望まざるとにかかわらず、その評価を受け入れざるを得なかったし、その行事に参加せざるを得なかった。

 この国葬令は戦後、失効している。では、国葬令なき現代において、そして民主主義を標榜する国家において、「国葬」とはどういう意味や性格を持つ儀式なのか。それがまったく明らかにされないまま、「国葬儀を行う」判断だけがずんずん進んでいく。

 岸田首相は記者会見で

・憲政史上最長の8年8カ月にわたり内閣総理大臣の重責を担った
・東日本大震災からの復興、日本経済の再生、日米関係を基軸とした外交の展開等の大きな実績をさまざまな分野で残した
・外国首脳を含む国際社会から極めて高い評価を受けている
・民主主義の根幹たる選挙中の蛮行による急逝

 などを、国葬実施の理由として挙げていた。

 国葬は、やはり行うこと自体が評価を伴う行為なのである。そして、少なくとも税金による費用負担という形で、国民もその評価を分かち合うことになる。

 しかし、人の評価は一様ではない。とりわけ安倍氏は毀誉褒貶が激しく、内政、外交ともその実績に関する評価は分かれている。岸田首相の評価を、全国民が共有しているわけではない。にもかかわらず、時の総理大臣が「国家に偉功ある者」と認めれば、莫大な国費を使って国葬を実施することが可能なのか。

吉田茂元首相の国葬、中曽根康弘元首相の合同葬における、自粛“協力”要請

 さらに、国民への影響はどうなのかも判然としない。松野博一官房長官は「国民一人一人に政治的評価や喪に服することを求めるものではない」と述べているが、ではなんの「協力」も要請しないのか。

 戦後、国葬令が失効してから唯一の非皇族の国葬である吉田茂元首相国葬の時には、ラジオ・テレビ各局が軒並み当局の「協力」要請に応え、番組編成を変更した。歌やバラエティ、クイズなどの通常番組が中止となり、故人の追悼番組、文化映画、クラシック音楽などと差し替えられ、民放はCMも自粛。日がな一日、国葬関連の特別編成となった。

 それでも、表向きには「各社の判断」ということになっている。国葬が行われた後の国会で、これについて問われた当時の郵政事務次官は、「あくまでも自主的にやっていただきたいというお願いだけでございます。強制したことはありません」と繰り返した。今回の国葬はどうなるのだろう。

 政府は、学校の休校は想定していないと明言した。では、自治体や学校その他に弔意表明の協力を求めることはするのか。内閣と自民党による中曽根康弘元首相の合同葬の際には、文部科学省は国立大に弔意表明を求める通知を出し、都道府県教育委員会にも周知を求める文書は発出されている。この時は「国葬でもないのに……」と戸惑う現場の声が報じられていたが、国葬となった今回はどのような対応がなされるのか気になる。

 国葬について、国民の意見は分かれている。NHKの世論調査では、国葬実施について「評価する」と肯定的な意見が49%と多数派だったとはいえ、「評価しない」も38%に上った。無視していい数とは思えない。

 自民党の茂木敏充幹事長は「国民から『国葬はいかがなものか』との指摘があるとは、私は認識していない」と述べたが、あまりに傲慢ではないか。異論がまったく耳に入ってこないというのであれば、むしろ耳を塞いでいるからではないか。「聞く力」をウリにしてきた岸田自民党総裁は、こうした態度に何も言わないのだろうか。

 野党が国会での審議を求めたのに対しても、政府・自民党は応じようとしてない。報道によれば、自民党は「(国葬について)立法府で議論するのはなじまない」と言っているそうだ。

 少なくない国費を使い、国民の間でも意見が分かれているこの問題は、「なじまない」どころか、まさに国会でこそ審議しなければならない事柄だろう。

国葬の可否については、「国権の最高機関」たる国会によって判断されるべき

 岸田首相は、安倍氏が殺害されて以降、幾度となく「民主主義」という言葉を繰り返してきた。国葬の目的についても、安倍氏追悼と合わせて「我が国は、暴力に屈せず民主主義を断固として守り抜くという決意を示す」ことだと述べた。

 国会審議を避けていて、どうして民主主義を守り抜けるのか。政府は国会審議に応じ、さまざまな質問に誠実に答え、議論に応じるべきだ。十分なやりとりがなされ、国葬とはどうあるべきかという、共通認識ができれば、なお望ましい。

 私自身は、国葬実施に賛同はできない。そもそも、明確な法的根拠がなく、どのような人を対象に行うかのコンセンサスもない。それに、公文書を巡る問題や国会での虚偽答弁など、安倍氏は民主主義の基本にかかわる負の足跡をいくつも残した。安倍政権の時代、日本の民主主義の土台は相当にぐらついた、といえると思う。

 それでもあえて実施するのであれば、国会で議論をしたうえで、国葬の可否について国会の議決を経るべきだろう。そうすれば、少なくとも根拠が明確でないのに一内閣、一首相が勝手に決めた、というのではなく、「国権の最高機関」である国会によって判断した、という民主的な手続きの形は整う。

 ロシアのウクライナ侵攻で多くの人命が失われ、国際秩序が壊され、世界がエネルギーや食料不足に陥っている今、弔問外交の舞台として、国葬に一定の意味を持たせることはできるとは思う。

 もちろん、今の国際社会が抱えている問題は、首脳らが葬儀に参列したからといって一挙に解決するような単純な問題ではない。しかし、国際会議では席を同じくしようとしない首脳同士がひとつの場に会する機会になれば、運良く立ち話のひとつでもできるかもしれない。そういう機会を提供できるとすれば、(評価は分かれていても)外交に力を入れた安倍氏にふさわしい場となるのではないか。

 にもかかわらず、政府はプーチン露大統領を排除しようとしている。まったくナンセンスな話だ。彼はこの戦争の責任者であり、戦争を止められる(止めるべき)唯一の人でもある。まさに今呼ぶべき人のひとりだと私は思う。

 それに、日本には「村八分」における「八分」という「慣習」がある。村の掟を破ったり秩序を壊したりした者に対して、絶交を言い渡す厳しい制裁を課していても、葬儀と火事の時だけは例外とする(編注:「村八分」は、「冠・婚・葬・建築・火事・病気・水害・旅行・出産・年忌」の10のうち、「葬」「火事」以外の8つの付き合いを絶つことからきているとされる)。まさに、今持ち出すにふさわしい慣習ではないか。そして、それがなんらかの形で国益や世界の安定につながれば、泉下の客となった安倍氏に、なによりの手向けとなるのではないか、と思う。

(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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