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江川紹子の「事件ウオッチ」第223回

放送法解釈めぐる行政文書は安倍政権のメディア戦略を検証する重要な資料だー江川紹子の解説

文=江川紹子/ジャーナリスト
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高市早苗・経済安保担当(写真/Getty Images)
高市氏は、総務省の内部文書内にあった自身の発言について、「捏造で内容は不正確」と断言したが、総務省は文書を「行政文書」と認めたうえ、高市氏が否定する「大臣レク」に関しても「あった可能性が高い」と答弁した(写真/Getty Images)

 立憲民主党の小西洋之参院議員が暴露した、安倍政権下で放送法の「政治的公平性」の解釈を巡って官邸サイドの圧力が生々しく記された文書は、総務省で作成された「行政文書」であると、松本剛明総務相が認めた。一方、文書作成時に総務大臣だった高市早苗・経済安保担当は、文書は「捏造」と主張し続けている。この高市氏の対応に、かつての安倍首相の2つの国会答弁を思い出した。

 1つは、森友問題を巡る、「私や妻が関係していたということになれば、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめる」発言(2017年2月17日、衆院予算委)。

 その後、財務省内で公文書の改ざんが行われ、作業に関わらされた近畿財務局の職員が自死に追い込まれた。この展開を思い出し、総務省職員に無用なプレッシャーがかけられて不幸が繰り返されたりしないよう願ったのは、私だけではあるまい。

 高市氏の「捏造」発言で思い出したもう1つの安倍答弁は、2014年10月30日の衆院予算委員会でのものだ。

「きょうの朝日新聞ですかね、撃ち方やめと私が言ったと。そういう報道がありました。これは捏造です」

“捏造”と断じられた「撃ち方やめ」発言は捏造ではなかった

 当時、閣僚などの政治資金を巡る疑惑が相次いで発覚。ところが、野党幹部についても問題が報じられ、これで追及が収束すると期待した安倍首相が、自民党党本部で行われた側近との昼食会で「これで『撃ち方やめ』になればいい」と発言した、と報じられた。

 安倍氏は、自分はこの発言をしていないと否定。「これはブリーフをした萩生田議員に聞いていただければ明らか」と、昼食会に同席し、記者団の取材対応を行った萩生田光一・総裁特別補佐(当時)の名前を挙げた。そして、自分が言ってもいないことを書いた朝日新聞の記事は「捏造」と断じたのだ。

 ところが、この日の紙面で「撃ち方やめ」を安倍氏の発言として書いたのは、朝日新聞だけではなかった。読売、毎日、産経、日経の各紙にも同じ内容の記事が載り、テレビ各局のニュースでも報じられた。共同通信が配信した記事も、安倍首相の発言として次のような言葉を伝えている。

「誹謗中傷合戦は国民の目から見て美しくない。『撃ち方やめ』になれば良い」

 朝日新聞だけを攻撃するのはおかしい。

 多くのメディアで同じ内容が伝えられたのは、萩生田氏が「撃ち方やめ」を安倍首相の言葉として伝えたため、としか考えられない。「捏造」とはありもしない事実やモノを意図的にでっち上げることだ。「撃ち方やめ」発言が「捏造」と言うなら、その主体は萩生田氏ということになるのではないか。

 国会で名前を出された萩生田氏は、すぐにメディア向けの説明を“修正”。「撃ち方やめ」は自分の言葉だったと述べ、「私が『これで、撃ち方やめですよね』と言ったら、総理たちも理解を示した」とした。

 真相は分からない。いずれにしても、「撃ち方やめ」が安倍氏の思いからかけ離れた言葉ではないだろう。それでも、「自分は言っていない」と言いたいなら、もっと穏当な、普通の表現がいくらでもあるだろう。にもかかわらず、わざわざ「捏造」という新聞社への最大限の非難のことばを持ち出し、気に食わない相手を攻撃する安倍氏の言語感覚に驚いた。

 安倍氏はこの時の答弁で、朝日新聞について、こうも言っている。

「朝日新聞は安倍政権を倒すことを社是としていると、かつて主筆がしゃべったということでございます」

 これに対し、朝日新聞は社説で反論した。

〈権力監視は民主主義国の新聞として当然の姿勢だ。それでも時の政権打倒を「社是」とするなどばかげているし、主筆がしゃべったというのも、それこそ事実誤認の伝聞だろう〉

 ここで「捏造」と言い返さなかったのは、ことばを扱う新聞社としての矜持だろう。

自らを守るために日本の行政に対する国内外の信頼を貶めている高市氏

 今回の高市氏の言動、態度は、この安倍流にならっているかのようである。ただ、大きく異なる点がある。安倍氏が罵倒したのが民間の一新聞社だったのに対し、高市氏の場合、官僚に「捏造」という言葉を向けたことだ。

 官僚はでっち上げを行うので、日本の公文書は信用できない、と現職の閣僚が公然と言い放ったのである。自らの主張や立場を守るために、日本の行政に対する国内外の信頼を閣僚自ら貶める、異常事態だ。その深刻さを、岸田首相は分かっているのだろうか。

 しかも、新聞社と違って、官僚は大臣の発言に公然と反論しにくい立場だ。案の定、総務省は「捏造に関わる者はいないと信じている」という表現に留め、高市発言を真っ向から否定はしていない。

 松本総務相は「文書の内容が正確であるかどうかはまだ確認が必要」と述べ、関係者に聞き取り調査を行っている、としている。8年も前のやりとりを確認されても、詳細まで覚えているとは限らない。だからこそ、官僚は都度都度メモや報告書を作成し、あったことを記録する。

 そのような文書は、相手と発言内容をすりあわせるわけではなく、官僚の視点で残した記録である、という留意は必要だろう。とはいえ、官僚がありもしない虚偽をでっち上げ、それに沿った詳細な文書を作成し、約8年も秘匿しておく、という無意味で手間暇のかかる作業を組織的に行った、というストーリーは、あまりに非現実的と言わざるをえない。

 それでも、そのような事態があったと主張するのであれば、少なくとも、それを推認するに足る事実を、高市氏は明らかにすべきだ。自分が大臣だった時期に部下が作った公文書の信憑性を証明せよと、野党議員に求めるのは、いくらなんでもおかしい。

 私が一連の文書に注目するのは、安倍政権のメディア戦略を検証する重要な資料となりうるからだ。

自らメディアを選別し、批判的な番組には報復もー安倍政権のメディア戦略

 第2次安倍政権は、政権とメディアとの関わり方を従来と大きく変えた。その1つが、メディアの選別だ。

 それまでは政権によるメディアの選別を防ぐため、首相のテレビ単独出演は、NHKと民放が持ち回りで行っていたのを、首相サイドが媒体を選び、しかも積極的に出演するようになったのだ。

 2015年12月30日付北海道新聞によると、「官邸筋」がこう語っている。

「首相は放送局が発言を編集できない生放送で、持論を訴える時間が確保できる番組を選んでいる」

 安倍氏はニュース番組だけでなく、民放のワイドショーやバラエティー番組にも数多く単独出演するようになった。2016年6月9日付朝日新聞で、「官邸スタッフの1人」がその狙いを次のように述べている。

「報道番組は視聴者層が限られる。バラエティーは幅広い国民に人柄や政策をアピールできる」

 今回の文書では、総務省出身の山田真貴子・総理秘書官(当時)が国会で「政治的公平性」について論議することに反対し、次のように述べたとされている。

「総理はよくテレビに取り上げてもらっており、せっかく上手くいっているものを民主党が岡田代表の出演時間が足りない等と言い出したら困る。民主党だけでなく、どこのメディアも(政治的公平が確保されているか検証する意味で)総理が出演している時間を計り出すのではないか」

 せっかくメディア戦略は成功し、メディアの利用はうまくいっているのに、わざわざ波乱を起こすことはない、という立場での発言だろう。

 実際、安倍氏は多くのテレビ番組に登場した。同氏が政権に返り咲いて以降、退陣するまでの朝日新聞の「首相動静」欄で、番組の出演・収録やインタビューの回数をしらべてみた。

 一番多かったのがNHKで56回。民放では、日本テレビ系列(日本テレビ+読売テレビ)が36回で最も多く、続いてフジテレビ系列(フジテレビ+関西テレビ)の29回が続く。テレビ朝日は15回、TBSは14回で、いずれも系列の大阪のテレビ局は0だった。テレビ東京は11回だった。

 記者会見は早々に切り上げ、テレビでたっぷり語る。それが安倍政権の広報戦略と言えよう。しかも2014年から15年にかけては、メディアの選別がかなり露骨に行われた。この2年間の出演回数は、NHK14回、日テレ系11回、フジ系9回だったのに対し、TBSは2回、テレビ朝日は1回だけだ。

 さらに安倍氏は、メディアの幹部と積極的に会食を繰り返した。この会食に呼ばれる回数も、メディアによって差がついた。

 好意的なメディアには積極的に関わる一方、批判的な報道をするメディアは冷遇。時には、報復も辞さなかった。

 参院選を前にした2013年6月、TBSの『NEWS23』に出演したゲストのコメントを問題視し、「番組内容の構成は著しく公正を欠いている」として自民党が抗議。安倍首相(総裁)を含め、党幹部がTBSの取材を拒否すると通告した。選挙報道ができなくなる状況に追い込まれたTBSは、「指摘を重く受け止める」とする書面を同党に提出。安倍首相は、BSフジの番組で「事実上の謝罪があった」として、取材拒否の解除を明らかにした。

 自分がメディアを選別し、単独でテレビ出演して政策などを語るのは構わないが、政権に批判的な番組は偏っているので問題だ。これが、安倍氏流の「政治的公平」観と言えよう。

党と官邸を使い分けた安倍政権のメディア介入ー総務省の文書が明らかにしたもの

 メディアの選別だけでなく、メディアへの介入も目につくようになった。

 衆院選を控えた14年11月18日、TBSの『NEWS23』に生出演した安倍首相は、アベノミクスに関する街頭インタビューのVTRが偏っていると激怒。2日後、自民党はゲストの選定、街頭インタビューや資料映像について「公平中立、公正」を期すよう求める書面を、NHKと在京民放5局に送った。

 今回の文書によると、放送法の「政治的公平」について、礒崎陽輔・元首相秘書官から総務省に最初の連絡があったのは、その直後の11月26日だ。

 党は表から番組の「公平中立、公正」に注文をつけ、官邸は密かに総務省に圧力をかけて法解釈に手を加える、という役割分担だろうか。

 礒崎氏は、「政治的公平」は「放送事業者の番組全体を見て判断する」としていた従来の法解釈に、「一つの番組のみでも極端な事例は政治的公平性に反する場合がある」とする「補充的な説明」を国会で加えるよう、強く迫った。国会での質問者は、礒崎氏が「きちんとコントロールできる議員にさせる」とし、総務省としての答弁がきちんと残るよう、答弁は繰り返し行うよう求めた、との記載も文書にある。

 文書によれば、山田秘書官と今井尚哉秘書官は、安倍首相に「総理単独の報道が萎縮する」「メディアとの関係で官邸にプラスになる話ではない」などと否定的な意見を述べたが、「総理は意外と前向きな反応」。国会答弁は予算委員会ではなく総務委員会で行い、総務大臣から答弁してもらえばいいという首相の発言もあったと、山田秘書官は総務省局長に電話で伝えた。

 実際に高市総務相が「補充的な説明」を行ったのは2015年5月12日の参院総務委員会。前年9月まで総務大臣政務官を務めていた藤川政人参院議員が質問し、高市総務相は「一つの番組のみでも」「極端な場合においては、一般論として政治的に公平であることを確保しているとは認められない」と繰り返し述べた。

 まさに、文書に書かれていた通りの展開である。

 さらに翌年、高市総務相は国会で、政治的公平性を欠く放送を繰り返したと判断した放送事業者に対し、「電波停止」を命じる可能性にも言及した。安倍首相もこの発言を追認。批判に対しては「安倍政権こそ、言論の自由を大切にしている」と反論した。

 これについても、総務省内で経緯を記録した何らかの文書は作成されていないのだろうか。

 党と官邸を使い分けた安倍政権のメディアへの介入は、このほかにもある。NHKに対しては、経営委員に作家の百田尚樹氏ら安倍氏に近い人を次々任命するなど人事権を行使。放送法について高市総務相が「補充的な説明」を行う1カ月前の2015年4月には、自民党「情報通信戦略調査会」がNHKとテレビ朝日の経営幹部を党本部に呼び出し、事情聴取を行った。NHKは番組での“やらせ”疑惑、テレビ朝日は番組でコメンテーターが官邸の圧力を語ったことを問題視した。

 ただ、NHKの“やらせ”疑惑については、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会が検証作業を始めていた。放送界の自律に任せればよく、政治が介入する話ではなかろう。テレビ朝日の方は、生放送中に出演者が突然言い出した発言であり、テレビ局の責任を問いようもない事案だった。

 にもかかわらず、両局の幹部を呼びつけたのは、政府・与党は番組を監視し、問題があると判断すれば、「適切な対応」をしていくと、その力をテレビ局各局に思い知らせる意図が見て取れた。

 このようにして、2014年から15年にかけて展開されたメディアの選別と介入。総務省や官邸など政権内側はどのように動き、状況をどう見ていたのか。この文書は、その一端を伝えている。

 だからこそ、その価値を毀損したい人もいるのかもしれない。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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