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片田珠美「精神科女医のたわごと」

なぜ「いい父親」ほど家族大量殺人に走りやすいのか…私物的我が子観の危うさ

文=片田珠美/精神科医
なぜ「いい父親」ほど家族大量殺人に走りやすいのか…私物的我が子観の危うさの画像1
愛知県警察本部(「Wikipedia」より

 愛知県犬山市の山中で車の中から小学生の姉と弟2人が遺体で見つかり、自宅から母親の遺体が見つかった事件で、この母親を殺害した疑いで42歳の父親、田中大介容疑者が逮捕され、殺人容疑で名古屋地検に送検された。田中容疑者は「妻と口論になり、かっとなって殺した」と供述しており、2人の子どもについても殺害をほのめかしているということなので、妻子3人を殺害した家族大量殺人と考えられる。

 また、田中容疑者はしばらく行方不明になっていた後、親族に連れられて警察に出頭したが、首元は血だらけで、深い傷が首や腕に複数あったという。田中容疑者は「自分で傷つけた」と供述しており、犯行後に自殺を図ったものの死にきれなかった可能性が高い。したがって、拡大自殺の未遂例といえる。

なぜ「いい父親」ほど家族大量殺人に走りやすいのか…私物的我が子観の危うさの画像2「かっとなって」妻を殺害したのは、怒りや攻撃衝動を制御できなかったからだろう。もしかしたら、妻に対する愛情と敵意の入り交じったアンビバレント(両価的)な感情が心の奥底に潜んでいて、口論をきっかけに噴出したのかもしれない。決して擁護はできないが、動機として理解できなくもない。

 しかし、近隣住民の証言によれば、田中容疑者は子煩悩な父親で、事件直前まで父子の庭先での団らんの様子が目撃されていたという。にもかかわらず、子どもにまで矛先を向けたのは一体なぜなのか。過去の家族大量殺人や拡大自殺のケースを参照しながら、その理由を分析したい。

“いい父親”ほど家族大量殺人に走りやすい

 田中容疑者は妻の首を絞めて殺害した時点で、「もうダメだ」と絶望したのではないか。つまり、妻の殺害を「破滅的な喪失」と受け止めたわけで、その時点で自殺願望を抱いた可能性が高い。

 そこから、なぜ子どもを2人とも殺害するのかと不思議に思われるかもしれないが、残された子どもが「殺人犯の子ども」として世間から白い目で見られ、苦しみながら生きていくのを不憫に思ったことは十分考えられる。そういう苦境から子どもを救い出すための他の手段を見出すことができないからこそ、「一緒に死んだほうが子どもにとって幸せ」「生きていても子どもは不幸になるだけ」などと思い込んで殺すわけである。

 客観的に見れば身勝手きわまりないが、家族大量殺人の犯人自身は家族のためと思い込んでいることが実は少なくない。典型的なのは、田中容疑者のように夫でもあり父親でもある男性が「もうダメだ」と感じるような喪失体験に直面し、家族の行く末を思って落胆した結果、自分の命を絶つだけでなく、家族全員を不幸や苦悩から救うつもりで殺害してしまうケースである。なかには、自身の犯行は愛情ゆえに遂行する「愛他的殺人」だと思っている犯人もいる。

 見逃せないのは、田中容疑者が犯行後自殺しようとしたことだ。今回の事件に限らず、家族大量殺人の犯人が犯行後自殺を図ることは珍しくない。また、もともと自殺願望があって、残された家族がかわいそうという気持ちから全員道連れにしようとすることもまれではない。その結果、自殺が未遂に終われば犯人は逮捕されるが、既遂の場合は一家心中として扱われる。

 いずれにせよ、家族大量殺人は拡大自殺の形を取ることが多い。「もうダメだ」と絶望して自分が自殺しようとするのに、家族全員を巻き添えにするわけである。しかも、家族全員を道連れにする傾向は、家族との一体感に比例して強まる。

 だから、田中容疑者の家族について近隣住民が事件後「本当に仲がいい」と話しているが、これは必ずしも体裁のために“いい家族”を装っていたからではない。家族大量殺人が起きた後、近隣住民が「いい夫で、いいお父さんに見えた」「仲が良さそうな家族だった」などと証言することは決してまれではない。

 そのため、子どもを幸せにする責任を人一倍感じている夫でもあり父親でもある男性ほど、自身が「破滅的な喪失」と受け止めるような出来事に直面すると、家族大量殺人に走りやすいような印象を私は抱いている。自分が思い描いていた“理想の家族”を維持できなくなることに耐えられないからかもしれない。

危険な「私物的我が子観」

 田中容疑者のように我が子を殺害する親に往々にして認められるのが、「私物的我が子観」であり、母子心中の実態を調査した研究から明らかになった(『母子心中の実態と家族関係の健康化―保健福祉学的アプローチによる研究』)。母親が我が子を「私物」とみなし、「残された子どもがかわいそう」「道連れにするほうがこの子にとって幸せ」などと思い込むと、母子心中につながりやすい。

 いわば、「子どもは自分のもの」という所有意識が極度に強くなったのが「私物的我が子観」であり、母親だけでなく父親にも認められることがある。子どもが障害を抱えていたり、不登校やひきこもりになったりすると、その将来を悲観し、自分の手で何とかしなければと思い込んで、無理心中あるいは子殺しを図る親がときどきいる。この手の親は「私物的我が子観」を抱いていることが多い。

 今回の事件で我が子を2人とも殺害した田中容疑者の心の奥底にも「私物的我が子観」が潜んでいなかったか、取り調べで明らかにすべきだろう。

(文=片田珠美/精神科医)

参考文献

片田珠美『攻撃と殺人の精神分析』トランスビュー、2005年

片田珠美『拡大自殺―大量殺人・自爆テロ・無理心中』角川選書、2017年

片田珠美『子どもを攻撃せずにはいられない親』PHP新書、2019年

高橋重宏『母子心中の実態と家族関係の健康化―保健福祉学的アプローチによる研究』川島書店、1987年

片田珠美/精神科医

片田珠美/精神科医

広島県生まれ。精神科医。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。京都大学非常勤講師(2003年度~2016年度)。精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析学的視点から分析。

Twitter:@tamamineko

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