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江川紹子の「事件ウオッチ」第211回

「安倍氏国葬儀」は本当に葬儀なのかー新たな分断を生む国葬強行に対する江川紹子の疑問

文=江川紹子/ジャーナリスト
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なぜ国葬を強行するのかに対して、従来の説明を繰り返すばかりの岸田首相。世論調査でも反対意見が拡大し、内閣支持率は急落し続けている。(写真=ゲッティイメージ)
なぜ国葬を強行するのかに対して、従来の説明を繰り返すばかりの岸田首相。世論調査でも反対意見が拡大し、内閣支持率は急落し続けている。(写真:ゲッティイメージ)

 エリザベス英女王の国葬の中継を見た。伝統ある教会で行われ、聖書の朗読や賛美歌、聖職者による説教などが続く。厳かでありながら、女王を神にゆだねることで、希望も感じさせる儀式だった。つくづく思ったのは、(当たり前のことだが)「国葬」とは「お葬式」である、ということだ。お葬式(葬儀)は、故人を埋葬するにあたって、その冥福を祈るとともに、かかわりのあった人たちが悲しみを分かち合い、別れを告げるセレモニーである。祈りを伴うので、宗教とは分かちがたい。

なぜ国葬でなければならないのかーー膨らむ国民の疑問に答えない岸田首相

 今回の国葬を日本にあてはめれば、天皇の大喪の礼ということになる。ただし日本の場合、憲法上の政教分離の原則から、国が宗教行事を主催するわけにはいかない。そのため、昭和天皇崩御の際には、神道の儀礼に則って行われる皇室の私的行事としての「大喪儀」に、宗教を伴わない国の儀式としての「大喪の礼」を組み合わせる、という形がとられた。とはいえ、実際には一連の行事として行われており、それに対する批判もあった。やはり葬儀である以上、宗教を完全に切り離すのは難しいのだ。

 そこで、安倍晋三元首相の国葬である。政府は「国葬儀」と呼ぶ。しかし、これは本当に葬儀(お葬式)なのだろうか。

 無宗教で行う葬儀も、もちろんある。ただ、安倍氏の場合、亡くなったのは7月8日で、宗教を伴う葬儀が、死の4日後にお寺で営まれている。そのうえで、死後80日以上も経ってから、宗教色なく行おうというイベントだ。これはお葬式(葬儀)というより、「お別れ会」とか「偲ぶ会」と呼んだほうがしっくりくるのではないか。

 そして、その「お別れ会」を「国の儀式」として行うのが適切なのか。この疑問は、膨らむ一方である。

 岸田首相が7月14日の記者会見で「国葬儀」を発表した直後から、世論は賛否が分かれた。それでも、直後は事件の衝撃がいまだ生々しく、非業の死を遂げた安倍氏への同情もあってからだろう、国葬実施に好意的な人がやや多かった。ところが、時間が経つにつれ、旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)と政治家との関係、とりわけその中心に安倍氏がいたことが見えてくるにつれ、違和感を覚える人々が増えていった。

 国葬は、国が特定の人物の功績を称えるイベントでもある。安倍氏が果たしてそれにふさわしいのか、という大きな疑問符がついたのだ。

 状況を打開しようと、岸田首相はみずから望んで、衆参両院議院運営委員会での閉会中審査で国葬に関する説明を行った。しかし、その内容はあまりに乏しかった。

 岸田首相は、国葬実施を発表して以来、その理由として次の4点を挙げてきた。

(1)憲政史上最長期間にわたり重責を務めた
(2)さまざまな分野で業績を残した
(3)諸外国から弔意が示されている
(4)暴力には屈せず民主主義を守り抜く国としての決意を示す

 両院閉会中審査での説明も、結局はこの繰り返し。なぜ国葬でなければならないのか、という点についての説明はなされなかった。

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