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江川紹子の「事件ウオッチ」第215回

【江川紹子の懸念】拙速なる旧統一教会被害者・救済新法…政治的思惑ではなく適正手続きを

文=江川紹子/ジャーナリスト
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岸田首相(写真:GettyImages)
下げ止まらぬ内閣支持率を受け、岸田首相は方針を一転し、旧統一教会の被害者救済新法を今国会に提出する意欲を見せたが……。(写真:GettyImages)

 世界平和統一家庭連合(旧統一教会)問題について、今国会中に被害者救済の新法を作ろうという政府及び与野党の動きが慌ただしい。被害者救済のため、迅速な対応をしていこうという大義はいいが、法制定となれば、必要・効果的な対策を、十分な議論と適正なプロセスを踏んで行わなければならない。しかし、十分な検討は置き去りにされ、それぞれの政治的な思惑が優先されていないか、気がかりな状況だ。

“迅速”な対応を世論に印象づけたい? 漂う政治的思惑

 そのひとつは、宗教法人法に基づく質問権の行使と、宗教法人解散請求に向けての政府・与党の動きだ。

 解散請求の要件に民法の不法行為が入るかどうかを巡って、岸田首相の国会答弁が一夜にして「入らない」から「入る」に変化したのが、先月19日。岸田首相は、不法行為の対象には指揮・監督する立場の人物の責任を問う「使用者責任」も含まれる、と踏み込んだ。

 その後、担当する文化庁宗務課の職員を8人から38人に増員すると発表。文部科学省のほか、法務省や警察庁、金融庁、国税庁から計8人の派遣を受けていることも明らかになった。

 この点は、税の優遇措置を受けている教団で財務上不適切な対応がなされていないか、多額の献金を外国の本部等に送金する過程で違法行為がないかどうかを含め、「宗教団体の目的を著しく逸脱した行為」の有無を確認しようとしているものと前向きに受け止めることができる。

 よくわけがわからないのは、首相が文科相に質問権を行使した調査を指示し、旧統一教会への調査が行われることが大きく報じられた後の同月25日になって、文化庁が専門家会議(正式名称「宗教法人制度の運用等に関する調査研究協力者会議」)を立ち上げ、「報告徴収・質問権」行使の基準作りなどを諮問したことだ。

 宗教法人法では、質問等ができる場合を定めている。その行使にあたっては、信教の自由に十分配慮するという注意事項も条文内には入っている。所轄庁は、それに基づいて判断すればよく、わざわざ専門家会議を立ち上げる必要性が感じられない。

 しかも、この専門家会議のメンバーは、宗教法人審議会とほぼ同一だ。質問権等の行使にあたっては、事前に同審議会のチェックを受けることが法律で定められている。問題があれば、そこで意見を述べてもらえばいい話だろう。

 実際、今月8日に発表された専門家会議の報告書の中身は、「風評等によらず、客観的な資料、根拠に基づいて判断することが相当」とか「偶発性の法令違反や、一回性の法令違反により直ちに『疑い』があるとすることは相当ではない」などという、いわずもがなの当たり前の内容が並んでいた。

 岸田首相は先月の国会で「事実を積み上げることが必要だ。悪質性、組織性、継続性を確認し、次の手続きに進むかどうかを確認する」と答弁している。専門家会議は、単に屋上屋を重ねるようなものに思えてならない。

 それでも、質問権行使にあたっては、宗教団体幹部がメンバーとなっている会議が要件を検討する必要がある、とする慎重な考え方もあろう。そうであれば、順序としては、まず専門家会議に諮問し、回答を得たうえで、首相が質問権行使を指示するという流れになるべきだ。なのに現実は、首相がすでに指示をし、質問権行使に向けての作業も始まっているなかで、専門家会議に諮問するという奇妙なことになっている。

 そこからは、大票田でもある宗教界に気を配りつつ、内閣支持率の低迷を意識して、「迅速」な対応を世論に印象づけたい、という政治的思惑が漂ってくる。

 このようなやり方では、後に旧統一教会側が裁判で「手続きが適正でなかった」と主張する余地を与えるのではないか。

抽象的な「マインドコントロール」の定義…野党法案にも懸念が

 衆議院議員時代には法務委員会に所属し、消費者庁の有識者検討会のメンバーだった菅野志桜里弁護士も、「荒っぽい見方をすれば、よい方向に進んでいるといえるが、適正手続きを考える時、懸念がある」と指摘する。

「本来は所轄庁が粛々と手続きを進めればよかった。審議会とは異なり、議論の公開原則のない会議で、他の宗教団体に“あなた方は大丈夫ですよ”と安心させたかったのかもしれないが、根拠のない専門家会議を設けたのはよくない。訴訟リスクを考えて、専門家のお墨付きがほしかったというなら、プロセスをきちんと踏むべきです」

 そのうえで、「岸田首相の周辺には、順序立ててモノゴトを進めるシナリオを書ける人がいないのでは?」と心配する。

 被害者救済に向けた立法措置については、与野党双方にそうした思惑が感じられ、懸念は一層深い。

 立憲民主党と日本維新の会などは先月、悪質献金被害救済法案を国会に提出。12月10日までとされている今国会中に成立させるよう与党に迫っている。

 法案は、

1)正体を隠した勧誘を含め、マインドコンロトールなどにより自由な意思決定が著しく困難な状況を作り出す行為を禁止する
2)そうした行為による寄付の取り消しを可能にする
3)マインドコントロール状態の者に家庭裁判所の判断で特別補助人をつけることで、家族らが献金の返金を求めることを可能にする

などが柱。

 ただ、その具体的中身は生煮えの印象を拭えない。

 たとえば、マインドコントロールについて、霊感に基づいて「このままでは重大な不利益がある」などと告げたり、正体を隠した勧誘を例示するに留まる。これでは、どのような行為をもってマインドコントロールとみなすのか、判断が難しいのではないか。

 マインドコントロールの研究に詳しく、消費者庁の有識者検討会のメンバーでもあった西田公昭・立正大教授(社会心理学)は、法案のマインドコントロールに関する記述は「抽象的に過ぎる。これでは具体的な行為のイメージがわかないのでは」と指摘する。

 西田教授によると、相手をマインドコントロール状態に置く行為として、次の5点が重要だと言う。

1)社会的に遮断する
2)恐怖感や無力感を覚えさせる
3)問題を唯一解決できる権威者を置き、依存させる
4)集団心理を利用し、リアリティーを持たせる演出を行う
5)従前の価値観を放棄させる

「特に『社会的遮断』とはどういう状況かを、よく議論してほしい。他の人に相談できないような状況が作られて、そこで不安や恐怖を煽られる。しかも、地獄や霊などといった恐怖を招く話の内容は、日本の伝統文化に基づいていることが多い。法律にするならば、(違法とする行為については)実情をよく踏まえて定義づけする必要がある」(西田教授)

 ところが、法案を巡る報道を見ていても、具体的な行為について、議論し練られた様子が伝わってこない。驚いたことに、野党法案は事実上マインドコントロールを最大のポイントにしているにもかかわらず、この問題の第一人者といえる西田教授に一切ヒアリングを行っていない、という。

「正式なヒアリングだけなく、内々の問い合わせも一切ありませんでした。私でなくても、誰かほかの専門家がちゃんとかかわってくれているといいのですが……」(西田教授)

救済新法は「年内に片付けたほうがいい」…拙速さの背景に内閣支持率低下

 一刻も早く救済法を整備してほしい、というのは、カルト被害者の切なる願いだろう。その被害者の代理人を務める弁護士たちが、迅速な法案制定を働きかけるのも当然だ。ただ、立法の責任を負う立場にある者は、実際に法律を作るにあたっては、被害者の思いを受け止めながらも、さまざまな側面を多角的に考慮し、十分な検討を行う必要がある。「被害者の声に応えた野党主導による今国会での新法制定」という成果にこだわるあまり、そうした検討がおろそかになっていないか、気がかりだ。

 特に、法案のなかでも、家族による献金の取り消しを可能にする「特別補助制度」は、憲法で保障されている財産権を制約するものだ。憲法、民法を含めた専門家の意見聴取など、相当に多角的で入念な吟味が必要だろう。そもそも、マインドコントロールによって「自己の財産に著しい損害を生じさせる財産上の利益の供与を誘導されるような精神状態にある者」を、いったい誰が、どのように判断するのか。成人後見の対象となる認知症などと異なり、マインドコントロールを受けた者の精神状態については精神科医共通の診断基準のようなものがあるわけではない。

 また、野党法案では当人の「年間の可処分所得の4分の1を目安」に寄付金の上限を設定する項目もある。

 先の菅野弁護士は、同法案について「宗教法人だけでなく、すべての人対象となり、NPOや芸能人のファンクラブなどにも適用されうる。そうした大きな法律を作るなら、拙速ではなく、もっと丁寧な議論が必要だ」と警鐘を鳴らす。

 与党側はマインドコントロールの定義づけを含め、野党法案には消極的で、54の質問をぶつけた。政府としての被害者救済法案が出されるとしても、その舞台は来年の通常国会かと思われた。

 ところが、突如、風向きが変わった。

 今月4~6日に行われた読売新聞世論調査で、内閣支持率は前月に比べて9ポイント減。内閣発足以来の36%に落ち込んだ。物価高に対応する大型の総合経済対策を発表した直後だというのに、その評価は低かった。しかも、旧統一教会による被害者を救済する法案を今国会で成立させるべきだと「思う」と答えた人は73%に上った。

 これが、自民党内の空気を変えたようだ。11月9日付読売新聞によれば、自民党の茂木敏充幹事長は、首相に対して「年内に片付けたほうがいい」と電話で進言した、という。同日付毎日新聞にも、「この問題が来年の通常国会に先送りされれば、春の統一地方選が『統一教会祭り』になってしまう。消費者契約法、新法とも臨時国会でやりたい」とする同党関係者の声が紹介されている。

 岸田首相は「立法による再発防止と救済に最大限のスピード感で取り組む」などと述べ、政府として被害者救済に向けた新法案を今国会に提出する意欲を表明した。

 スピード感を出すのは悪いことではないが、政治的思惑のために立法の作業が拙速になっているのではないか。しかも、カルトを巡る対策は、法外な献金の問題だけでない。新たな被害を生まないためのカルト教育・啓発や調査・研究なども必要だ。今年いっぱいで「片付け」てしまおうという感覚でやっつけてもらっては困る。

 これについても、菅野弁護士は厳しく指摘をする。

「野党は、新法制定という実績がほしい。与党は、今国会で終わらせたい。その点で思惑が一致しているために、拙速に事態が動いている。しかし、権利制限は必要最小限にし、違憲訴訟にも耐え、そして何より使える法律にするには、いろんな人たちの知見を集める必要がある。特に、民間団体を国家機関が規制する法律の場合は、適正手続きがとても重要だ。フランスの反セクト法も3年間かけて作られている。30年間放置してきた問題を、わずか3カ月で解決しようというのは無理だし、すべきでもない」

 解せないのは、各政党が宗教法人法の改正に真剣に取り組まないことだ。

「財務書類を透明化し、宗教法人の解散請求の前に、税の優遇措置を一時停止できるようにする。税の優遇を受けているからには、一定の社会的責任を果たしてください、というところを、まずはちゃんとやったらどうか。効果的で行き過ぎない措置になるはずです」(菅野弁護士)

 葉梨康弘・前法相が更迭されたこともあり、政府・与党は国会の会期を1週間程度延長する方針と報じられている。それでも、法案の準備や議論に十分なのか、大いに疑問だ。

政治的思惑で拙速に走らず、真に効果的な救済新法のための議論を

 被害救済の立法措置が必要なことは、与野党が一致するところまで来た。なかには、安倍晋三・元首相が殺害されるという痛ましい事件の後に、教団の宗教法人解散請求や被害者救済の立法措置などを行うのは、犯人を英雄視するに等しいとして、こうした動きに否定的な見方を流布する政治家もいる。

 極めて残念なことだ。

 事件の容疑者が、個人的な恨みを晴らすだけでなく、旧統一教会問題を社会に訴え、制度を変える、という社会変革の動機があったのかはいまだ不明。裁判が始まらないと本当のところはわからない。

 しかし、だからといって人を不幸におとしいれる原因を改善しようとするのに、裁判の開始を待つ必要はない。必要な対策をとることは、事件の犯人を英雄視することとはまったく別の次元の話だ。現行犯逮捕された容疑者はいずれ起訴され、被告人となる。法廷で適正な手続きの元で裁かれ、しかるべき刑が言い渡されるだろう。

 社会の側は、司法手続きとは別に、こういう悲劇が繰り返されないためにも、必要な対策は漸次進めるべきだ。

 しかも今回、世論が対策を求め、政治を後押ししているのは、容疑者を英雄と見ているからではなく、「2世」を含めた信者の家族が行った勇気ある証言への共感からであり、長年問題に関わってきたジャーナリストや弁護士、研究者らの具体的でわかりやすい説明に理解を深めた結果だろう。

 そうであればなおのこと、与野党共に政治的思惑で拙速に走るのではなく、できるだけ効果的で、使いやすい、適切な法律を作るための議論を大事にしてほしい。

(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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