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「たばこ」で収益を確保してきたJT、なぜ脱たばこ・医薬会社への変身を加速?

文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授
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JTのHPより

 日本たばこ産業(JT)は、脱たばこを目指す重要な局面を迎えている。現在、同社の売上収益の約90%を国内外のたばこ事業が占める。その中でも、海外のたばこ事業が占める割合は大きい。一方、いまだ規模は小さいもののJTは食品と医薬事業も運営している。その状況下、同社はたばこの値上げを主に収益を確保してきた。

 しかし、その戦略で持続的に成長することは難しくなるだろう。今後、世界全体で物価は高止まりし、米国ではインフレ鎮静化のための金融引き締めが強化される。それによって、世界が景気後退に陥るリスクは高い。また、やや長めの目線で考えると、国内外でたばこに対する需要は逓減するだろう。経営陣はそうした認識を強め、事業ポートフォリオの入れ替えを加速させようとしている。注目したいのが、医薬事業の成長戦略をどう実行するかだ。経営陣が長期の視点でビジネスモデルを描き、その具現化を目指して構造改革を徹底して実行することが求められる。

JTが強化した海外買収戦略

 1985年、民営化(特殊法人化)によって日本たばこ産業株式会社が誕生した。その後かなりの期間にわたって、JTは海外たばこメーカーの買収を重ねた。その背景には、世界規模で加速する業界の再編に対応して生き残りを目指す考えがあった。

 時系列に振り返ると、1999年にRJRナビスコ社の米国外のたばこ事業を買収した。その後、オーストリア、ロシア、セルビアなどでもたばこメーカーを買収した。さらに、2007年には英国のギャラハーの発行済み株式のすべてを約2.2兆円で買収した。それは当時の日本企業による買収案件として最大だった。2010代以降は先進国に加えて新興国での買収や出資が増えた。具体的には、北スーダンや南スーダン、エジプト、イラン、エチオピア、フィリピン、インドネシア、バングラデシュなどの企業に対する買収などが実施されている。

 JTが海外での買収戦略を強化した状況下、世界のたばこ産業では、クロスボーダーの買収が増え、急速に再編が進んだ。2014年には米レイノルズ・アメリカンがロリラード・タバコ・カンパニーを買収した。その後、レイノルズはブリティッシュ・アメリカン・タバコに買収された。また、一時はフィリップ・モリス・インターナショナルとアルトリア・グループの経営統合が検討されたが、合意には至らなかった。2022年5月にフィリップ・モリス・インターナショナルはスウェーデンの嗅ぎたばこ大手スウェディッシュ・マッチに買収を提案した。

 こうした大型の買収実施によって、世界のたばこ大手はさらなる収益の拡大とコストの引き下げに取り組んだのである。加速する業界再編、寡占化に対応するためにJTは海外での買収や出資を強化した。ある意味では、同社がたばこメーカーとして成長を目指すために海外買収、出資戦略の強化は不可避だったのである。その結果、たばこ事業が売上収益に占める割合は大きく高まった。2021年度の売上収益は23,248億円に対して、海外たばこ事業は15,357億円(66%)、国内たばこ事業は5,594億円(24%)だ。

リストラと非たばこ事業の育成

 海外での買収戦略が強化されたのに対し、民営化以降のJTは国内たばこ事業のリストラを重ねてきた。海外からの安価な紙たばことのシェア争いによって、JTの国内シェアは低下した。それ加えて、1996年以降は国内のたばこ市場が縮小基調に転じた。その結果、従来のたばこ供給力を維持することは難しくなり、JTは国内の工場の閉鎖、従業員の削減などを強化せざるを得なくなっている。それによって得られた資金は、たばこ以外の事業にも再配分された。主な分野は飲料、食品、医薬の3つだ。そのなかでもJTはかなり早い段階から医薬分野での成長加速に取り組んだ。その一つとして1993年には医薬総合研究所が設置され、1998年には鳥居薬品を買収した。

 ただし、JTにとって一貫した姿勢で非たばこ事業の運営体制を強化することは難しかった。2015年には清涼飲料の自動販売機事業が売却された。それだけ同社経営陣は世界のたばこ産業の再編への対応により多くの経営資源を割かなければならなかった。また、国内と海外のたばこ事業の運営が統合されていない状況が長期化し、組織が肥大化したことの影響も大きかったはずだ。

 一方、海外の大手たばこメーカーは、需要が減少する紙巻きたばこへの依存度を引き下げようと構造改革を加速させている。特に、健康への悪影響から紙たばこへの規制が強まっていることは大きい。ESG投資の観点からたばこ関連企業をダイベストメント(投資撤退)対象に指定する機関投資家も増えている。

 事業戦略の観点から考えると、当面は「リスク低減商品」と呼ばれる加熱式たばこなどによって収益を獲得しつつ、非たばこ分野の収益をよりスピーディーに増やさなければならない。そのために、アルトリアは再度コングロマリット化を進めつつあるようだ。同社はたばこ事業に加えて、ビール世界大手アンハイザー・ブッシュ・インベブに出資している。それは収益源を分散し、業績の安定感を高めるためだ。さらに長期の視点で考えると、たばこ企業は新しい収益の柱を確立し、その分野の成長を加速させることによって脱コングロマリット経営に向かう可能性もある。

成長戦略の強化が不可欠なJTの医薬事業

 このように考えたときにJTに求められる事業戦略は、グローバルなたばこ事業の効率性を高めつつ、医薬事業の収益力を徹底して強化することだろう。ポイントは、JTがたばこメーカーとしての成長体験から脱却できるか否かだ。現在、非たばこ事業では食品事業で資産の売却が行われている。一方、医薬事業分野ではそうした動きが今のところは見られない。経営陣は、医薬分野での成長を一段と重視し始めていると考えられる。医薬事業の成長加速のために、経営陣は海外での買収や連携を強化し、免疫やウイルス関連分野での新薬開発を加速させなければならない。

 そのためには、さらなる事業ポートフォリオの入れ替えが不可欠だ。海外たばこ事業の強化のために、JTはロシアなど地政学リスクが懸念される国や地域の企業を買収した。今後は、そうした資産が業績の悪化要因となるリスクが増す。米国ではFRBが金融引き締めを強化し、インフレ鎮静化に取り組まなければならない。その結果として世界全体で金利はさらに上昇するだろう。その結果、新興国では通貨が大きく下落し、信用リスクは追加的に高まる可能性が高い。円安、たばこの値上げによって業績が下支えされている現在の状況を活用し、経営陣は先行きの不透明感が高まる市場からの撤退や事業規模の縮小を進め、医薬分野の研究開発や買収戦略の強化に資金を再配分しなければならない。

 自己変革が遅れれば、JTが持続的に収益を増やすことは一段と難しくなる恐れが増す。目先、世界経済の環境悪化懸念は追加的に高まるだろう。米国を中心に世界の株価にはより強い下落圧力がかかるだろう。それは、JTがコストを抑えて買収戦略を実施し、医薬事業の成長を加速させる好機になりうる。長期的に考えると、世界全体でたばこによる疾病リスクへの懸念は一段と高まるだろう。需要の減少基調はさらに鮮明となる可能性が高い。そうした展開を念頭に、海外の大手たばこメーカーも医療など非たばこ分野での買収戦略を強化しはじめている。JTに求められることは、たばこ事業でコスト削減をさらに強化し、あきらめることなく長期的な需要増加期待が高まる医薬分野での事業運営体制を強化することだ。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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