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狭山市、図書館職員を大量解雇…22年勤務のベテラン司書を雇止め、雇用保険も不支給の恐れ

文=日向咲嗣/ジャーナリスト
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狭山市のHPより
ベテラン司書を大量解雇する一方、新たに職員を募集した狭山市

 2020年度から非正規で働く地方公務員の待遇を改善する目的で導入された会計年度任用制度。ボーナスが支給されるほか、フルタイムは退職金の支給対象になったものの、その名称の通り、働く期間は1年単位が原則。任期については、同制度が導入されるまで実質的には上限がなかったが、総務省が「再度の任用は原則2回まで」とのマニュアルを示していたため、多くの自治体が3年めにあたる2022年度が終了するタイミングで、会計年度職員を大量に雇止めするのではないかと危惧されていた。事件が起きたのは、そんな矢先のことだった。

 狭山市立中央図書館に22年間勤務していたYさん(仮名)は、児童書を担当するベテラン司書。非正規の職員でありながら、フルタイム勤務で蔵書の選定から除籍、年間予算の管理、地域の学校と連携した各種イベントも長年続けてきて、教師や保護者から厚い信頼を寄せられていた。

狭山市、図書館職員を大量解雇…22年勤務のベテラン司書を雇止め、雇用保険も不支給の恐れの画像2
狭山市での「司書の復職で図書館のさらなる充実を求める要望」より

 そんなYさんが昨年、突然“クビ宣告”をされた。形だけと思って受けた公募試験の書類選考の結果、翌年4月からの契約更新はしないと通告(雇い止め)されたのだ。

「22年も勤めてきた職場を、紙切れ1枚でクビにされるのは、どう考えても納得がいきません。会計年度職員だって人間ですよ。人並みに生きる権利はないんでしょうか」

 シングルマザーとして自活してきたYさんにとっては、まさに死活問題。絶望の縁に立たされた彼女に、さらに追い打ちをかけるように退職後、雇用保険ももらえないことが判明。17年間保険料を納めていたものが、いつのまにか露と消えていたのだった。

 いずれも「会計年度任用」と呼ばれる地方自治体の非正規雇用の矛盾が噴出したもの。いったい何がどうしたら、そんな理不尽なことが起きるのだろうか。制度のスキ間で発生した、役所による凄まじいまでの人権侵害の事例をレポートする。

突然の雇止めの裏側

 異変が起きたのは、昨年11月のこと。Yさんら狭山市立中央図書館に勤務する会計年度任用職員に対し、「翌年度からの勤務を希望する者は、一次審査のための書類を提出せよ」との通達があった。提出書類には、履歴書や志望動機などを書くエントリーシートに加えて1200字の論作文も含まれていた。

 応募した職員の誰もが、事情がよく飲み込めないまま必要書類を提出したのだろう。図書館内に激震が走ったのは、翌12月第1週のこと。中央図書館に日中勤務する非正規職員32名中11人と、3分の1以上の人が一次の書類選考で落とされ、実質解雇となったのだ。

 落とされたなかには、10人いた司書のうち4人も含まれていた。ほとんどの人は、10年、15年と長く勤務していたベテラン組で、最長だったのが22年勤務していたYさんだったのである。

 雇止めに到底納得のいかないYさんたち数名の職員は、市の職員労働組合を通して、雇止めの撤回を求め市当局に団体交渉を申し入れることにした。

「もともと1年ごとの任用だから仕方がないと思うかもしれませんが、当事者としては、あまりにも理不尽。そういうことがまかりとおると、一生懸命に仕事する人は誰もいなくなってしまいます」と、Yさんは憤る。

 しかし、団体交渉に応じた市教委は「公平に選考した結果で、不適切なことは何もない」の一点張りで、組合側の要求を拒否。たちまち交渉は暗礁に乗り上げたのだった。

 ところが、団体交渉を通じて、市教委の対応におかしな点のあることが次々と明るみに出た。

 第一に、今回の公募にかかわるスタッフの一次選考業務が、外部の民間企業に委託され、市に代わって非正規職員の書類審査を担っていたという。

「論作文は、公共図書館のサービスで狭山市に不足しているもの、これから必要としているものについて述べるようになっています。そうした狭山市独自の内容を、外部の一民間企業が読んで採点できるのか、大いに疑問ですね」

 そう話すのは、団体交渉にも出席して、Yさんたち雇止めされた職員をサポートしている自治労連・埼玉本部の担当者である。

 この担当者によれば、図書館の運営者である狭山市の市教委サイドは、論作文やエントリーシートの評価基準には一切かかわっていないという。ならば、いったい何を基準にして、民間は書類審査の足切りを行ったのか、ますます疑念が沸いてくる。

 会計年度職員のそれまでの実績や人事考課などは、一切考慮されることはなかった。22年勤めていて、図書館業務に関して人事評価が極めて良好なYさんですら、未経験者も含む他の応募者と横並びにされたあげくに書類審査で足切り。面接にすら進めないのだから、これほど無茶苦茶な選考はなかなかない。

「自分たちは選考に直接関与していない。客観的な第三者による選考という事実経過をつくるために民間委託したとしか考えられません」(埼玉県本部書記長)

総務省の方針と狭山市の方針の矛盾

 次にわかったのは、「3年雇止めの必要性」である。

 2020年に会計年度任用制度が導入された際、狭山市は国のマニュアルにしたがって「任用から3年経過すれば公募を実施する」方針を示しており、今回の公募は、それに則って行ったとされている。

 しかし、この点についても、市教委サイドの主張はおかしいと埼玉県本部書記長は指摘する。

「マニュアルで『再度の任用は2回まで』と総務省は明記していたため、狭山市もそれにならったわけですが、実はこれ、法的根拠が何もないんです。国の非常勤は、繰り返しの任用は2回までとしていますと言っているにすぎないんですね。なので、自治体ごとに解釈をして、選考なしの任用は、3年ではなく5年にしているところも多いです。そもそも職ごとに公募しなくても、今いる職員の『選考』でいいとされています。つまり、一人ひとり面接をして、その人の勤務評価が高ければ『では、あなたを任用します』でいいんです。それをわざわざ、全員公募にした市教委(中央図書館)の異様さが、余計に浮き彫りになりました」

 中央図書館の場合、会計年度任用の3年めのスタッフのみを雇止めにしたわけではなかった。まだ勤務して1年めのスタッフも雇止めになっていたことが、のちに判明した。

 その一方で、図書館を除いた他の部門では、すべての会計年度任用を対象にした再度の公募など行われていなかったことも明らかになった。

 つまり、狭山市では市庁舎全体で、3年ごとに会計年度職員の再公募をしたわけではなかった。図書館という特定の部署の特定の人だけをターゲットにした不合理な雇止めが行われていたのである。

 前出の埼玉県本部書記長は、団体交渉でのやりとりを、こう振り返る。

「あなたたち(市教委)は市の要綱どおりにやっていると言うけれど、実際にはやってないじゃあないか。そういう間違った運用のおかげで、不利益を被った人たちがいることをどう考えるんだと。会計年度任用の職員だって生活する権利があるし、働いて成長する権利もあるんだから、そこはちゃんと受け止めるべきと詰め寄りました。そうすると、この制度を作成した市長部局は、ある程度理解を示しましたが、市教委のほうは、自分たちは要綱にしたがって進めただけと、あくまでも責任を認めようとはしませんでした」

雇用保険がもらえなくなる理由

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狭山市での「司書の復職で図書館のさらなる充実を求める要望」より

 今回の雇止めによって、会計年度任用制度には、もうひとつ、とんでもないデメリットが潜んでいることも判明した。

 それが会計年度任用職員を退職した後、雇用保険が1円ももらえなくなるリスクである。

 2020年4月からフルタイム勤務となった会計年度任用職員は、一般の公務員と同じ「退職手当」の支給対象となった(適用は半年後の10月1日から)。公務員は、雇用保険に加入しない代わりに、退職した際の退職手当が支給されるようになっている。

 よって、フルタイム勤務者は、会計年度任用された時点で雇用保険を脱退することになるのだが、そのことに関する理解が決定的に不足していた。その結果、雇用保険がもらえると思って退職したら、もらえないことに気づくことになりかねない。

 今回のケースでは、雇止め時点では、雇用保険を脱退してすでに3年経過しているため、退職後に失業手当の受給資格はない。失業手当が支給されるのは離職後1年間のみだからだ。

 Yさんのように22年間も勤務してきた人なら、会社都合退職として240日分失業手当が支給されるはずだが、その権利がいつのまにか消えてなくなっていたのだ。

 一方、公務員の退職手当については、一定の身分保障のもとで理論的には、雇用保険に加入していたらもらえる失業手当以上の条件が適用されるはずであるが、Yさんが加入している埼玉県の共済の場合、会計年度任用として採用されて以降の3年間のみを対象に算定されるため、雇用保険よりも極端に手取り額が少なくなってしまうのだ。

 Yさんがもらえる退職手当は、雇用保険にそのまま加入していれば受給できる総額としてハローワークが試算してくれた金額の半額以下になるという。

 そのような不都合が生じることは誰も想定しておらず、Yさんがハローワークに相談して初めてわかった。筆者も東京労働局に問い合わせてみたところ、「これまでにそのような事例は、一件も把握していない」とのことだった。

 ちなみに、パートタイトムの会計年度任用ならば、雇用保険にそのまま加入し続けることになるため、このような不都合が生じることはないとされている。

狭山市、図書館職員を大量解雇…22年勤務のベテラン司書を雇止め、雇用保険も不支給の恐れの画像4
自治労連・埼玉本部作成

ベテランスタッフを雇止めしたことで生じたデメリット

 3時間の予備交渉を2回経て行われた団体交渉では、Yさんたちの雇止めを撤回させることはできなかった。都合9時間の交渉でも、市教委は頑なな姿勢を崩さなかったのだ。

 退職後に雇用保険すらロクにもらえないことを知ったYさんは、仕方なく、4月からは他の仕事に就いたが、その結果、司書という仕事を奪われただけでなく、収入は3分の1に激減した。

 雇止めを通告された後、精神的ショックで体調を崩したYさんは、2月に産業医からドクターストップがかかったにもかかわらず、狭山市の会計年度任用職員は病休も無給になるため、生活への不安から、医師からの報告は経過観察にとどめてもらったという。任期まで残りの期間、外部と約束していていた出前授業や講師の仕事を放りだすわけにはいかず、最後までこなしたという。

 一方で、Yさんたちベテラン職員がいなくなった図書館は、公募の結果、市外からも多数応募があり、司書も含めて必要な人員は確保されたという。それは、全国的にも珍しいフルタイム勤務できる職だったからだ。

 司書の募集は、専業主婦が家計補助的に従事することが想定されているためなのか、週3~4日、短時間勤務する募集が圧倒的に多い。時給もほぼ最低賃金なのが世間の通り相場だ。そうしたなか狭山市の募集は、フルタイムの週5日勤務で月給22万円という、図書館の募集では珍しく好条件だったため、市内外からの応募が殺到したのだという。

 だが、その好条件は、何もせずに与えられたものではなかった。

「月給22万円は、3年前に私たちが市当局と交渉してようやく勝ち取ったものなんです。それまで17年間は最低賃金上昇時に少しづつ上がりながらも、週5日勤務で手取り14~15万円で、任用の最初のころは交通費すら出なかったんです。その頃は半休も忌引もない。もちろん退職金もない。なのに60歳定年。それをひとつずつ交渉で改善してもらって、ようやく勝ちとったものだったんです」

 このように語るYさんの言葉には、自然と悔しさが滲み出る。

 図書館は人手さえ集まればつつがなく運営できるわけではない。実際に、ベテランの司書がいなくなったことで、現場は大混乱した。おまけに今回の公募にかかわった館長をはじめたとした正規職員4名もゴッソリ入れ替えされたため、新任の職員は、図書館の経験不足。通常業務にも支障をきたしかねない状況だったのは想像にかたくない。

 今回の雇止めによる、市民にとっての大きな損失は、それまでベテランの司書がコツコツと積み上げてきた、子どもたちへの読書支援サービスが大きく棄損されたことだろう。

「児童奉仕は、10年くらい続けないと見通しが立たない、完全な専門職なんです。数年で入れ替わる正規職員だけでは担えない部分を、われわれが引き受けてきたんです」(Yさん)

 地元の小中学校や保護者と連携した各種イベントだけでなく、図書館ボランティアの研修、学童指導員の研修、家庭教育学級の講師なども引き受けてきたという。

「ここ数年、子どもたちが本を読めなくなっていることを、現場の皮膚感覚で感じていました。多くの児童が、物語の本を読めなくなっています。これは深刻な事態だと思い、コロナ禍に入る直前、家庭教育学級で保護者の方へ、司書の立場から直接お話しさせてもらう機会を増やしたいと図書館長に訴えました。そして今年2月にようやく実現し、手ごたえを感じました。また、地域で子どもと本をつなぐ担い手になる人材の育成に、長年取り組んできたんです。それが3月末でできなくなりました。読み聞かせの講師も16年間続けてきましたが、それも今年で終わりました」

 こうしたベテラン司書による地元に密着した図書館のサービスの成果は、目に見えないだけに、市長や行政サイドが教育や文化の育成に著しく無理解だと、いとも簡単に切られてしまう。狭山市教委のようにベテランの雇止めが行われると、図書館の児童サービスの質が落ちてしまっていることすら市民は気づかない。

 その意味で、会計年度任用制度による理不尽な雇止めによる最大の被害者は、せっかく長年積み上げてきた図書館の児童サービスの体制が大きく後退した市民ではないのか。

公共施設で非正規公務員が増えた背景

 自治労連・埼玉本部の書記長は、非正規公務員が増えた背景について、こう解説する。

「本来、正規職員が市民サービスの基幹業務を担い、季節的・臨時的・補助的に助っ人が必要な部分のみ、非正規スタッフが担うものとされてきました。たとえば、確定申告シーズンのみ混雑する窓口対応や煩雑な事務作業をサポートするのが、本来の非正規スタッフです。

 それがいつのまにか、基幹業務をも非正規の職員が担うようになりました。恒常的な業務のために、業務そのものが期間限定とはいかないのに、無理やり短期雇用を反復的に繰り返す脱法的な運用が当たり前のように行われることになったんです」。

 その結果、69万人まで膨れ上がった非正規公務員に関する法規制は、いびつな状態に据え置かれ、ときには直営の公共施設スタッフのほうが民間よりもブラックではないかと指摘されるほど、深刻な事態に見舞われている。

 かつて「役所の仕事なら、非正規でも、待遇は悪くなく、民間みたいに違法行為を平気で犯すことがないので安心」と思われてきたが、会計年度任用制度が導入されて以来、その常識は通用しなくなっている。

 Yさんのように、もし民間企業で有期雇用を何度も繰り返した場合、労働者側に、今年も契約が更新されるものと期待する権利(期待権)が生じるとされて、契約更新にあたっては、正社員と同じく正当な理由がなければ解雇は無効とされる(労働契約法19条)。

 また、5年勤務すれば、無期雇用への転換を申し込むことができる(労働契約法第18条)。いずれも強力な法規制のため、もし民間ならば、訴訟を提起すれば、かなり高い確率で労働者サイドが勝つだろう。

 しかし、「任用」とされる公務員は、そうした労働法が適用されないのだ(ただし損害賠償を自治体に請求する訴訟は可能で、それが認められた判決もある)。

 会計年度任用は、最初から1年ごとの契約であることを承知のうえで応募しているはずなのに、切られたからといって文句を言うほうがおかしいという意見がSNSで流れているが、おかしいどころか、もし民間企業でYさんのように22年も反復継続されていたなら、労働契約法違反として、裁判所は雇止めを無効とする判決を下すような事案である。

 公務員は、もともと民間よりも手厚い待遇が得られるという前提のもとに、「任用」は労働法が適用されないとされてきた。その前提条件が大きく崩れてしまった以上、非正規公務員の待遇が見直されない限り、住民サービスの劣化は止まらないだろう。

 ベテラン司書を切った狭山市の視野にあるのは、老朽化した図書館の建て替えではないかと囁かれている。将来的に、おしゃれなカフェと子供向けの絵本が大量に取り揃えられた素晴らしいハコモノができるかもしれないが、その運営も民間に丸投げすれば、Yさんたちベテラン司書が時間をかけて培ってきた、児童サービスのソフト面での中身が問われることはまずなく、空虚な賑わい創出だけをありがたがる風潮がますます蔓延するだろう。

 2022年に東京・杉並区長に当選した岸本聡子氏は、「区立施設と区の職員はコストではなく、財産です」と述べて、多くの市民から喝采を浴びた。

 コスト削減と運営の効率化が急務とされ、公務を担うスタッフの非正規化が急速に進められてきたなかで、目に見えない市民サービスがどれだけ劣化したのかを、われわれは知るすべを持たなかったが、会計年度任用制度というおかしな制度が、改めてそのことを、われわれに知らしめてくれているといえるのではないだろうか。

(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)

日向咲嗣/ジャーナリスト

日向咲嗣/ジャーナリスト

1959年、愛媛県生まれ。大学卒業後、新聞社・編集プロダクションを経てフリーに。「転職」「独立」「失業」問題など職業生活全般をテーマに著作多数。2015年から図書館の民間委託問題についてのレポートを始め、その詳細な取材ブロセスはブログ『ほぼ月刊ツタヤ図書館』でも随時発表している。2018年「貧困ジャーナリズム賞」受賞。

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