宝塚歌劇団の劇団員、有愛(ありあ)きいさんが9月30日、兵庫県宝塚市の自宅マンションの屋外駐車場で死亡しているのが見つかった事件で今月14日、宝塚歌劇団が会見を行い、有愛さんに長時間労働などで強い心理的負荷がかかっていた可能性が否定できないと認めたが、有愛さんの一日の労働時間が18時間近くにおよぶこともあったことがわかった。22日には労働基準監督署が歌劇団に立ち入り調査を行い(23日付NHK報道より)、当局による調査が本格化するなか、歌劇団が社内の一部署として属する阪急電鉄の責任を問う声も高まりつつある。有愛さんは歌劇団と業務委託契約を締結していたが、遺族の代理人弁護士は「実質的には労働契約だった」とも主張しているが、不当な契約形態や長時間労働が法令違反と認められた場合、阪急電鉄はどのような罪に問われる可能性があるのか。専門家の見解を交え検証したい。
騒動の発端は、2月発売の「週刊文春」(文藝春秋)の報道だった。歌劇団宙組の娘役、天彩峰里が後輩の額にヘアアイロンを押し当ててやけどさせたという内容で、記事では被害者は匿名になっていたが、「NEWSポストセブン」報道によると、被害者が有愛さんであることは容易に想像できたため歌劇団内では情報をリークした犯人捜しが始まり、有愛さんは気に病んでいたという。その上、有愛さんが亡くなる前日に始まった宙組の公演『Sky Fantasy!』は新トップ娘役のお披露目公演だったが、抜てきされたのは最有力候補だった天彩ではない別の団員で、「天彩はいじめ報道が響き、外された」といううわさが駆け巡り、有愛さんは「いじめ報道のせいで天彩がトップ娘役に就けなかったのではないか」と自分を責めていたという。
有愛さんの遺族の代理人は今月10日、会見を行い、遺族のコメントを発表。遺族はそのなかで有愛さんの死因について
「新人公演の責任者として押し付けられた膨大な仕事量により睡眠時間も取れず、その上、日に日に指導などという言葉は当てはまらない、強烈なパワハラを上級生から受けていたから」
「劇団は、娘が何度も何度も真実を訴え、助けを求めたにもかかわらず、それを無視し捏造隠蔽を繰り返しました」
と説明。また、
「常軌を逸した長時間労働により、娘を極度の疲労状態におきながら、これを見て見ぬふりをしてきた劇団が、その責任を認め謝罪すること、そして指導などという言葉では言い逃れできないパワハラを行った上級生が、その責任を認め謝罪することを求めます」
としていた。
遺族の代理人は、有愛さんは上級生からヘアアイロンを額にあてられて火傷を負ったり、「下級生の失敗はすべてあんたのせい」「マインドがないのか」「うそつき野郎」などと暴言を浴びせられていたと主張しているが、14日の会見で歌劇団の木場健之理事長は
「故人へのいじめやハラスメントは確認できなかったとされており、『うそつき野郎』『やる気がない』の発言の有無は、すべて伝聞情報。実際にそのような発言があったことは確認されていない」
と否定している。これに対し遺族の代理人は、証拠となるLINEを提出したにもかかわらず報告書には記載されていないとし、「あまりにも遺族に対して失礼」「(調査報告書は)失当であり、劇団と上級生の責任を否定する方向に誘導している」と批判している。
歌劇団内の動揺も伝えられている。22日発売の「週刊新潮」(新潮社)は、12月1日に劇団理事長に就任する村上浩爾専務理事が会見の数日後に、歌劇団員たちとの話し合いの場で「いじめはあったのでしょう」「今回の件を認めれば、これまで起きていた全てを認めることになる」などと発言したと報道。また、22日発売の「週刊文春」(文藝春秋)によれば、有愛さんが所属する宙組の2番手スターの桜木みなとと副組長の秋奈るいが組員へのヒアリングを実施し、その内容をまとめてパワハラ是正を求める意見書を劇団に提出したが、14日の劇団による会見では「ハラスメントは確認できなかった」とされたという。
一日18時間近い労働
いじめとハラスメントの問題に加え焦点となっているのが、有愛さんの長時間労働だ。歌劇団は会見で、遺族側が主張している過重労働について「安全配慮義務を果たせていなかった」と認めた一方、遺族側が有愛さんが亡くなるまでの約1カ月間の時間外労働を約277時間と推計している点について、報告書は「118時間以上の時間外労働」と推計。これに対し遺族側の代理人は「実態よりも過少だ」と反論しており、有愛さんの一日あたりの睡眠時間は約3時間で、ひと月半、休日なしの連続勤務だったと主張。有愛さんの一日のスケジュール例として以下を開示している。
・9:00~13:00 下級生のみの稽古
・13:00~22:00 全体稽古
・22:00~0:00 下級生のみの稽古
・0:00~0:30 帰宅
・0:30~3:00 書類作成など業務
一日18時間近くも働いていたことになるが、長年の宝塚ファンはいう。
「有愛さんは歌劇団7年目で『長の期』と呼ばれるポジション。下級生のまとめ役として全体の稽古を見ながら責任を持つ立ち位置で、さまざまな事柄について上級生にお伺いを立てて承諾を得る一方、上級生からの注文や伝達事項を下級生に伝えるパイプ役でもある。日々の稽古に加え、そのような中間管理職的なタスクや、公演でタカラジェンヌたちが身に着ける一つひとつの装飾品の選定や調達といった細かい業務もあり、そのプレッシャーは想像を絶するものがあったのでしょう」
もし仮に有愛さんが歌劇団からの指示・命令に従い上記のような長時間労働に従事していたのであれば、歌劇団の不適切な労務管理責任が問われることになるが、歌劇団は有愛さんと労働契約ではなく業務委託契約、いわゆるタレント契約を結んでいたことが事態を複雑にしている。ここで宝塚歌劇団のシステムに触れる必要がある。歌劇団に入団するには、劇団付属の宝塚音楽学校で予科1年・本科1年の計2年間の教育を受け、卒業認定と入団式を経て、正式に歌劇団の研究科1年になる。入団後は研究科生と呼ばれ、5年目までは固定給とボーナスが支払われる。その後は1年ごとの業務委託契約へと切り替えられ、有愛さんは昨年に業務委託契約となっていた。遺族の代理人によれば、その契約内容は次のようなもので、「劇団の業務に専念すること」との誓約書も交わされていたという。
・劇団が行うレッスンへの参加や自己鍛錬により技能の向上・容姿の管理を求められる。
・劇団が決定した組所属・出演作品・配役・出演劇場・出演期間などについて一切方針に従わなければならない。
・劇団の定めた稽古に参加し演出家などの指示に従わなければいけない。
・劇団の許諾を得ずに劇団以外で演技・歌唱などを行ってはいけない。
これについて遺族の代理人は、実質的には労働契約だったと主張している。
また、歌劇団はあくまで阪急電鉄の創遊事業本部の一部署であり、独立した一法人ではないという点も焦点となっている。以前、歌劇団は当サイトの取材に対し次の回答を寄せていた。
「宝塚歌劇団の団員は『宝塚歌劇団』という任意団体と雇用契約を結んでいるので、『阪急電鉄の社員』とは言い切れません。ただ『宝塚歌劇団』自体は阪急電鉄創遊事業本部の一部署という扱いであり、『阪急電鉄の社員』という表現はあながち間違えでもない、といったところで明言は避けています」
労働基準法上の問題
もし仮に有愛さんが事実上の「労働契約」であったにもかかわらず「業務委託契約」によって働かされ、さらに長時間労働を強いられていたと認定された場合、阪急電鉄はどのような法律的な罪に問われる可能性があるのか。山岸純法律事務所代表の山岸純弁護士はいう。
「労働基準法上、『労働契約』と認定されるような『業務委託契約』であった場合、週40時間を超えて労働させることは労働基準法により6カ月以下の懲役や30万円以下の罰金が科されることがあります。いわゆる『36協定』というものがあれば、最大45時間(月)までは残業させることができますが、劇団員たちにはそんな取り決めなんてなかったでしょうし、それっぽい取り決めがあったとしても、残業が100時間(月)を超えるような場合は、どんな場合であっても6カ月以下の懲役や30万円以下の罰金が科されることがあります」
ちなみに14日の会見で歌劇団の木場健之理事長は「個人との契約はタレント契約、業務委託契約ではあります」と強調していたが、山岸弁護士はいう。
「雇用契約(労働契約)を締結すると、業務の成功や完成に関係なく『給与』を支払わなければなりませんし、雇い主にとっては職場環境配慮義務、安全衛生義務などめんどうな義務が課されますし、社会保険なども加入しなければなりません。そこで、古くから『業務委託』という“工夫”がされてきたわけですが、そう簡単に脱法ができるわけもなく、過去、劇団員、配送ドライバー、塾講師など、さまざまな職種の方について『実質は雇用契約(労働契約)である』と判断されてきております。
ここで労働者性があるかどうかについては、『指揮監督下で仕事をしているか』、すなわち、(1)仕事の遂行について指揮監督があるのか、(2)時間的・場所的拘束があるのか、を総合的に判断するとされています。
宝塚の劇団員の場合、『演じる』という仕事をする場所、時間について拘束されているし、練習や出演について指揮命令にあるわけですから、かなりの高い確率で『労働者』と判断されます。とすると、実は宝塚の劇団員はいわば『阪急電鉄の社員(従業員)』と考えることもできます」(11月20日付当サイト記事より )
(文=Business Journal編集部、協力=山岸純弁護士/山岸純法律事務所代表)