インターネット証券・SBI証券が、引受業務を手がける企業の新規株式公開において初値を人為的に操作している疑いが報じられている。株価操作は金融商品取引法に違反する可能性がある。13日付「日本経済新聞ウェブ版」記事によれば、証券取引等監視委員会は同社を行政処分するよう金融庁に勧告する検討に入ったという。日経記事によれば、同社は引受業務を担当する新規上場案件において、初値が公開価格を上回るよう、傘下の金融商品仲介業者を使って顧客に買い注文をさせていた疑いが持たれているという。
報道を受け13日には、SBI証券を傘下に持つSBIホールディングス(HD)の株価は一時4.1%安の3113円まで下落。SBI証券は13日付けで以下内容のリリースをHP上に掲載した。
「本日、一部報道機関において、証券取引等監視委員会が当社に対して行政処分を行うよう金融庁に勧告する方向で調整している旨の報道がなされましたが、これは当社として認識している事実ではなく、現時点で当社からお知らせできることはございません。今後、開示すべき事項が判明した場合には、速やかに公表いたします。当社としましては、お客さまにご迷惑とご不便をおかけすることがないよう最大限の対応に努めてまいります」
また、当サイトの取材に対し、「報道は認識していますが、本日HPに書かせていただいたことが、お伝えできる最大限のところです。(監視委の調査を受けているかどうかは)守秘義務があり非開示となっているため、お答えできません」としている。
「13日午後になって他のメディアも一斉に報じ始めたが、どの報道も『関係者によれば監視委が金融庁に勧告する検討に入った』というレベルにとどまっている。監視委によるリークとしか考えられないが、行政処分に持っていく確証がなければリークしないだろし、監視委としても金融庁から行政処分を出すという確証を得ないと勧告はしないだろうから、いずれにしても処分は出される可能性が高い。すでに監視委はSBI証券へ調査に入っているとみられる」(全国紙記者)
露骨な株価操縦行為か
SBI証券はどのような行為を行っていたのか。本件を取材する金融ジャーナリストの浪川攻氏はいう。
「SBI証券が上場の引受業務を担った案件において、上場日に初値が公開価格を上回りそうにない場合に、SBI証券が傘下の金融商品仲介業者に対し買い支えを指示したり、高い価格で買い注文を出させて約定する直前に注文を取り消させることで株価を吊り上げ、投資家に『まだ上がる』と思わせて買いを誘発させていた模様。いわゆる『見せ玉』という手法で、複数の案件で行っていたとみられる。主幹事を引き受けた企業に利益にもたらす一方、顧客である投資家には損をさせる行為であり利益相反が生じる」
一般的に証券会社では、自社が上場の主幹事を務める企業の株を公開前に顧客へ売り込むという行為は広く行われている。
「公開前の株について顧客に買うよう営業をかける行為は、業界的には『株価操縦には当たらない』という整理になっている。一方、今回のSBI証券の行為はあまりに露骨でわかりやすい株価操縦だといえる。ただ、たとえば『見せ玉』でも、約定する直前に注文を取り消すというケースは純粋な取引としてあり得ることではあるので、仲介業者がSBI証券の指示に基づき意図的にそのような行為を実際に行っていたということが立証されなければ、株価操縦だと認められない。監視委が勧告に踏み切るということは、客観的な証拠をつかんでいるのだと考えられる」(同)
金融庁からはどのような行政処分が出されるのか。
「昨年に元幹部が逮捕されたSMBC日興証券による株価操縦事件では、同社は一部業務について3カ月の業務停止命令を受けた。SBI証券も同レベルの処分を受ける可能性は考えられ、これはかなり重い処分」(同)
SMBC日興証券による事件
株価操縦としては、SMBC日興証券による事件が記憶に新しい。19~21年、東証1部上場(当時)の10銘柄について、終値を安定させる目的で市場が閉まる直前に計44億円の自社資金で買い注文を入れていたというもので、東京地裁は金融商品取引法違反を認定し同社に罰金7億円、追徴金約44億7000万円の支払いを命じている。
「この事件では幹部社員個人にも懲役刑(執行猶予付き)の判決が出されており、それだけ株価操縦は重大犯罪だということ。日興証券の事案は組織ぐるみで大量の買い注文を入れるという『わかりやすい不正』で、証拠となる社内メールの存在などもあり、割と当局は立証しやすかったといえる。一方、今回のSBI証券の事案は『顧客に買い注文させていた』疑いがあるというもので、何をもって『買わせていた』と判断されるのか、かなり立証は難しいが、証監委は相当の証拠を得ているという印象。証券会社の営業担当者が会社が推奨する銘柄について注力して顧客に薦めるということは普通にあるし、IPOの主幹事を引き受けた企業の銘柄を顧客に積極的に売り込むことも普通に行われている。今回取り沙汰されているSBI証券の行動が、他の証券会社と比較してどれくらいの度合いのものだったのかが気になるところ」(同)
新興企業向けビジネスに積極的
企業の新規株式公開(IPO)意欲は旺盛だ。東京証券取引所の発表によれば、2023年の国内新規株式公開の件数は前年比13社増の124社の見込みで、過去10年間で2番目に多い。KOKUSAI ELECTRIC(旧日立国際電気)をはじめ初値ベースの時価総額が1000億円を超えた企業は前年比2倍の6社に上る。
SBI証券は22年度の新規株式公開案件の98.9%にかかわり(前出・日経記事より)、引受業務において国内首位。SBIHDの口座数は1100万を超え、口座数でもネット証券首位となっている。
SBIHDは積極果敢な行動で知られる。19年、地域金融機関との「第四のメガバンク構想」、いわゆる地銀連合構想を発表。SBIHDが過半を出資して持ち株会社を設立し、大手銀行や地方銀行、ベンチャーキャピタルなどに出資を募り、地銀に金融基幹システムなどのインフラのほか、商品・サービスを提供する構想を掲げた。地銀の島根銀行(松江市)、福島銀行(福島市)、清水銀行(静岡市)、東和銀行(前橋市)、じもとホールディングス(仙台市)などに出資を行い、地銀連合形成を進め始めた。21年には、新生銀行に対して銀行業界では異例の敵対的TOB(株式公開買い付け)をかけることを発表。買収を完了させ23年にはSBI新生銀行に社名を変更し、9月に上場を廃止して非公開企業となった。
新興企業向けビジネスにも注力している。傘下のSBIインベストメントは累計で7000億円超のベンチャーファンドを組成。今年11月にはAIやフィンテックなどの新興企業に投資するファンドの運用を開始し、金額は最大1000億円程度の見通しとなっている。
今年、金融業界を驚かせたのが、SBI証券が8月に発表した国内株式の取引手数料の無料化だ。これにネット証券2位の楽天証券も追随した一方、マネックス証券は追随しないと発表するなど、業界の動きは二分している。
「IPO引受業務の手数料などでしっかりと利益を稼いでいて体力があるSBI証券だからこそできる芸当。この手数料無料化でネット証券市場におけるSBI証券の一人勝ちの構図がますます強まった。10月にはNTTドコモがマネックス証券を子会社化したが、マネックスグループとしてはSBI証券に白旗をあげ、将来的に高い収益が見込めなくなったネット証券事業への関与を薄めていく意向だと受け止められている」(金融業界関係者)
(文=Business Journal編集部、協力=浪川攻/金融ジャーナリスト)