すべてが反EV勢力
電気自動車(EV)開発が難事業なのは、トヨタに限らない。最近、EV開発・販売に強く傾斜するヨーロッパのメーカーとて同様である。
たとえば、独BMWは「i」という別のブランドを立ち上げ、専用の工場さえも建てている。これは、EV開発を社内の抵抗勢力から隔離して、独立した組織をつくったということを示している。
独メルセデス・ベンツも同様である。EV開発の最大の壁は社内の抵抗勢力だという。後述するが、「数少ないEV推進派vs.大多数の抵抗勢力」という図式なのである。
独VWは自ら招いた難局を利用した。ディーゼルエンジンの排ガス偽装である。VWは元来、米国でのマーケットシェアは少ない。そこで得意なディーゼル技術でアピールすべく投入を図ったのだが、ことのほか排ガス基準が厳しく、偽装事件を起こした。
そして起死回生。少ないマーケットシェアで右往左往するよりも、この事件を契機にEVにシフトしようと考えたのではないか。「今回の事件でわかるように、エンジンではわが社は生き残れない。EVにシフトしようではないか」と社内を説得したのではないか。これは、禍転じて福となすことになるかもしれない。
このようにEVへのシフトで自動車メーカー各社が頭を抱えるのは、社内と協力企業のEV化抵抗勢力である。敵は内にありだ。
抵抗勢力オンパレード
自動車の良し悪しはエンジンで決まる。効率(燃費)、乗り心地、性能、高級感、環境性能、すべてエンジンで決まる。商品性のほとんどをエンジンが決めていると考えてよい。だから自動車メーカーはエンジンを命だと思い、その研究・開発に力を注ぐ。
そして研究者・技術者の半分以上がエンジン・エンジニアである。マフラーやラジエーターといった補機まで入れると、7割方がエンジン関係の研究・開発者である。自動車をつくるとは、エンジンをつくることなのだ。
これは、生産現場にもいえる。生産工程の中心もエンジンと変速機等の部品がほとんどを占める。グループ企業の大半もエンジンの部品をつくる。海外生産に移行する最後の部隊がエンジン部隊だということは、エンジン工場が自動車工場のメインであり、海外に移すことはまさに心臓移植なのであり、強い決断力が必要だからだ。
数万点のパーツが不要になる
EVにエンジンはない。場合によってはエンジンよりも開発費がかかりコストも高い変速機もない。スペースをとってはばからない燃料タンクもなく、高価な燃料噴射装置もなく、床下のスペースを占領するマフラーや高価な排ガス浄化用触媒もなく、ライトやワイパーを動かすオルタネーター(発電機)もなく、エンジンを冷やすラジエーターや冷却水、それを循環させる水ポンプ、さらにエンジンオイルも不要だから、高価なオイル交換も不要だ。部品を細かく分類すると、数万のパーツが不要になる。
ということは、EVにシフトすると、7割方の研究者・技術者、組み立て労働者、部品を製作する協力企業も、それを運ぶ運送会社も不要となり、一方で研究・開発費は安く、生産効率は高く、現場の労働者も減らせる。こうした生産性の高さはグループ企業にもおよぶ。
したがって、エンジン自動車の研究者、技術者、労働者、協力企業の大半は、EV化の抵抗勢力ということだ。自分たちの職場、会社を失うからである。自動車メーカーと協力企業が丸ごと抵抗勢力ということもできる。
EV化は雇用不安を生む
EVへのシフトは、環境的にもエネルギー的にも将来にわたって必要であり、素晴らしいことのようにみえるが、雇用不安、グループ企業の削減といった大きな嵐に立ち向かわざるを得ず、喜んでばかりはいられない。反対が強くて当然である。
しかし、ヨーロッパの多くの自動車メーカーがEVへと大きく舵を切り、米国の11州に規制が広がるZEV規制(自動車会社に販売台数の一定割合を排ガスゼロ車にするよう義務付ける規制)や、中国のEV優遇策を考えれば、EV化は必須である。
EVにシフトするのであれば、企業には職場転換のための社内研修や新たな雇用対策等のさまざまな軟着陸対策が必要であり、大きな覚悟が求められる。
EVの開発現場は四面楚歌
EVの開発現場は四方八方を敵に囲まれた四面楚歌、針のむしろである。すべての部署からの反対を押し切って開発し、生産しなければならない。いや、そればかりか販売の現場では、EVに関しては扱いがよくわらず、経験もない。誰も積極的に売ろうとはしない。研究・開発から販売までEVに手助けするものはいない。
豊田章男社長の英断
トヨタがEVに大きく舵を切れなかった理由の大半が、上記の特性である。これは企業の規模が大きいほどに、抵抗も強く、影響も大きく、決断が大変だということでもある。
それをわかった上で、EVの量産をトヨタは決断した。決めたからにはEVプロジェクトを成功させなければならない。万全のバックアップ体制を敷き、EV事業企画室に社内の圧力がかからないよう、中核的な人間をグループ企業から選出したということではないだろうか。
ITや人工頭脳で多くの雇用が失われるといわれるが、エンジン車からEVへのシフトも同様である。あるいはもっと影響は大きいかもしれない。
しかし、地球温暖化、尖閣諸島をめぐる争いにも見られる石油問題を考えれば、自動車の二酸化炭素(CO2)削減、脱石油化は避けては通れない。それが可能なのは、現在のところEVである。EV化に失敗した自動車メーカーに未来はない。
その上、明らかにエンジン車よりもEVのほうが商品性が高い。充電にかかわるライフスタイルの変化さえ受け入れれば、EVはどんなユーザーにも素晴らしい自動車生活を保障する。
エンジン車からEV。これは商品的にも必至である。
20年にEVの量産を可能にするというトヨタの戦略は、いずれ豊田章男社長の英断だったといわれる日が来るに違いない。
(文=舘内端/自動車評論家、日本EVクラブ代表)