「高級車はデカくて、重いクルマのことだ」と看破したのは、自動車評論家の故徳大寺有恒氏だ。“究極のエコカー”と期待されるトヨタ自動車の燃料電池車MIRAI(ミライ)の車重は1850kgと、同サイズの自動車に比べてかなり重い。皮肉な言い方だが、高級車の条件を満たしているといえる。
さらに高級車にはスムーズで静かな発進と力強い加速が求められる。そこでV型12気筒エンジンで回転をスムーズにすることで振動を低減して静粛性を確保、さらに5リッター近い排気量で力強い加速を可能にするのだ。
ところが、電気自動車に使われるモーターは、それだけで静かな発進と力強い加速を可能にする。回転はスムーズで振動はなく、同じ重さや大きさのエンジンに比べると5倍以上の力が出る。ミライも電気自動車の仲間なので、モーターでタイヤを駆動する。回転はスムーズで静かなのだ。車体の重さとモーター駆動による滑らかな回転で、ミライの第一印象は好ましい。街中では十分な発進、加速性能だ。試乗した人はみな、スムーズで静かなことに驚くに違いない。
しかしアクセルを強く踏み込むと、車体の重さがあだとなる。この重さを跳ね返すにはモーターが力不足である。なぜもっと力を大きくしなかったのだろうか。
しかもアクセルを踏んでも、すぐにパワーが出てこない。よくいわれる「レスポンス」がいま一つなのだ。それはなぜなのか。
パワーはメルセデスの半分
メルセデス・ベンツ(ダイムラー)の上から2番目のグレードであるEクラス。その中のE400の車重は1830kgで、最高出力は245kW(キロワット/333馬力)である。これに対してミライの車重は1850kgで、最高出力は113kW(154馬力)だ。車重に比べてパワーが少ない。
トヨタの小型セダン、プレミオは2リッターの排気量のガソリンエンジンを積む。最高出力は112kW(152馬力)で、車重は1270kgである。ミライは、プレミオを580kg重くしたセダンということができるかもしれない。
とはいえ、加速性能を決めるのは最高出力よりも最大トルクである。トルクが大きければ、パワーが弱くても十分な加速力を得られる。トルクとは回転する力のことだ。身近なところでは、ビンのふたを回す手の力がトルクに当たる。エンジンやモーターは、発生するトルクでタイヤを回転させ、自動車を加速させる。
ミライの最大トルクは335Nm(ニュートン・メートル)だ。これは1mの棒の先端に34kgの力をかけてねじる回転力である。一方、E400のそれは480Nmだ。約1.4倍であり、2倍以上違うパワーほどの差はない。
ミライはモーター、E400はエンジン。モーターは最高出力の割にトルクが大きい。それでタイヤを回転させる力は、E400のおよそ70%である。不足している30%を補えれば、ミライはE400並みの加速力を得られることになる。
しかし、BMWの電気自動車であるi3に乗ってしまうと、ミライの加速はかなり物足りない。なにせi3は、トヨタの誇るスポーティな自動車、GT(グランツーリズモ)の86(ハチロク)よりも加速が良いのだ。
ミライはFFで4人乗り
さて、ミライの販売価格は723万円もするが、そのような高級車となると後輪を駆動するのが常識である。高級車の代表であるメルセデスもBMWもジャガーもアストンマーチンも、もちろんフェラーリも、ほとんどが後輪駆動だ。
ところが、ミライは前にモーターを置き、前輪を駆動する、いわゆるFF車なのである。小型車、軽自動車、大きくとも中型車では、むしろFFが常識だが、なぜミライは723万6000円もするのにFFなのか。それには燃料電池車ならではの理由がある。
自動車雑誌などではほとんど言及されていないが、ミライは4人乗りである。全長が4890mm、全幅が1815mmというボディサイズであれば、後席が3席、前席が2席の5人乗りが常識だ。それなのに、なぜミライは4人乗りなのか。
5つの疑問点
今回見てきたように、ミライには5つの疑問がある。
・価格が高い割にはモーターのパワーが少ない
・レスポンスもいま一つ
・重いといわれる電気自動車よりも重い車体
・前輪を駆動し、前にモーターを置くFF
・4人乗り
次回、これらのミライに関する疑問点について詳しく見ていきたい。
(文=舘内端/自動車評論家、日本EVクラブ代表)
※本記事掲載時点で、335Nmを33.5kgの回転力と表記しておりましたが、正しくは34kgでした。お詫びして訂正いたします。