ポジショニング競争が差別化をなくすというパラドクス
さて、マーケターは競争相手との差別化を目指して、自社の製品・ブランドのポジショニングを行います。1つの理想は、自社の製品しかない(それでいて十分な顧客がいる)サブマーケットを構築することでしょう。これを、高名なマーケティング学者であるデービッド・アーカーはカテゴリー・イノベーションと呼んでいます。Android陣営が参入する以前、iPhoneしか存在しなかったスマートフォン(スマホ)市場は、アップルによるカテゴリー・イノベーションであったといえます(『カテゴリー・イノベーション―ブランド・レレバンスで戦わずして勝つ』<デービッド・A・アーカー著/日本経済新聞出版社>より)
新たなサブマーケットを生み出すところまでいかなくても、製品が競争する空間で、需要が多くてかつ競争相手が近くに存在しない場所を選び、そこにポジショニングすれば、差別化に成功すると期待できます。ただ問題は、競争相手も同じことを考えているかもしれない、ということです。実際、そのことで意図したような差別化が実現できない可能性があります。
iPhoneが創り出したスマホのサブマーケット(カテゴリ)に、時をおかずAndroid OSの端末が参入してきます。その代表格はサムスンのGalaxyです。Android端末はiPhoneとは違う特徴を持っているとはいえ、その外観やユーザインターフェースはiPhoneを真似た部分が少なからずあるように思えます。それをめぐっては、激しい訴訟合戦が繰り広げられています。
どのようなスマホを導入するかについて、ポジショニングのフレームワークで考えてみましょう。話を単純にするために、製品の特徴は一次元の空間で表されるとすると、サムスンは下図の線分上のどこに自社製品をポジショニングするかを考えることになります。差別化という意味では、iPhoneのポジションからは外れていたほうがいいように思えます。
Galaxyが上の図のようなポジショニングを行ったとします。すると、Galaxyより左側のポジションを好む顧客を獲得し、GalaxyとiPhoneの間のポジションを好む顧客をiPhoneと分け合うことになります。ここでGalaxyがもっとiPhoneよりのポジションに動くと、iPhoneユーザを獲得できます。同様にiPhoneは、Galaxyよりにポジショニングを変えると、顧客を奪い返すことができます。両者が顧客を増やそうと競争すると、結局両者は同じポジションに到達し、スマホの顧客を分け合うことになります。
お互いに競争した結果、その特徴が似てくることは「最小差別化の原理」と呼ばれています。なぜそうなるかについては、拙著『マーケティングは進化する―クリエイティブなMarket+ingの発想』(同文舘出版)の3章で詳しく説明していますので、興味のある方はぜひお読みください。この原理はどんな時にも成り立つわけではありませんが、現実のある側面を見事に描いています。