一見、商品としての魅力はありそうに思える。購入して5年間は譲渡(売却)できないものの、トヨタの経営が傾かない限り元本は保証される。1株当たりの配当額は1年目が0.5%で、翌年以降は毎年0.5%ずつ段階的に増加する。最大で2.5%まで増え5年間の平均でも1.5%と、新規に発行される5年もの国債利回り0.1%に比べると、かなり高利回りとなる。5年が経過すれば、買い取ってもらうか、普通株式への転換を選択する。株式のような下落リスクがなく、債券としてのリターンも大きいのである。
しかし、市場関係者からは「この商品はトヨタのガバナンス(企業統治)を後退させ、特定の証券会社だけが利益を上げる商品」と手厳しい。
トヨタは今回の種類株式発行の理由について、中長期での研究開発やインフラ投資が不可欠であり、中長期の保有を前提とする投資家の存在が必要などとしている。しかし、値下がりリスクのない商品で経営のチェックができるかは疑問だ。実際に、議決権行使を投資家に助言する米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)は、発行に反対の意見を表明した。「経営側に都合のよい株主をつくる狙いを読み取った」(市場関係者)とみられている。
そもそもトヨタは、将来の新株発行に備えて上限6000億円の自社株買いを実施する。資金を調達しながらその一部を自社株買いに充当するのは、相当な矛盾をはらんでいる。
種類株式発行は株主総会に諮られて、75%の賛成で可決した。可決要件は3分の2の賛成だったが、25%の株主が反対に回ることは異例である。株主が議決権行使の意思を郵送で明らかにしない場合、この票は経営者に賛成という意思表示になるため、実質的な反対者はさらに多かった可能性がある。
トヨタの時価総額は約28兆円と日本最大。見方を変えれば、4分の1である7兆円分の株主が反対したことになる。トヨタのガバナンスが緩んだとみれば、潜在的な売り需要となる投資家が少なくないのである。
特定の証券会社のみ購入可能
また、さらに問題なのがこの種類株式を購入できるのが野村証券ただ1社ということである。株式の公募増資なら幅広い幹事証券を経由して投資家が購入できるが、今回は野村証券の顧客しか対象ではないのである。
資金調達なら公募増資や、株式に転換できる権利が付いた新株予約権付社債(転換社債=CB)でもよかったはずだし、元金保証なら社債という選択肢もあったはず。公募では議決権を主張する投資家が増え、CBではいつ株式に転換するかに不透明感がある。トヨタはそうした可能性を避けるために、種類株発行という手段を選んだとも推察できる。
さらに、市場では「債券ではエクイティファイナンス(新株発行を伴う資金調達)に比べて引き受け手数料が格段に低い」(別の大手証券会社関係者)といい、これが複雑な種類株の発行に結びついたとみる向きが多い。トヨタにとっても野村証券にとってもハッピーな案件になったというわけだ。
問題なのがこれからだ。「もの言わぬ株主」をつくり出すために同様の種類株を発行しようとする企業が増え、そこに手数料という甘い汁を吸おうとする証券会社が群がれば、日本企業のガバナンスを大きく損なう可能性もある。その時に予想されるのが、企業統治に厳しい外国人投資家の大量売りということになる。
(文=編集部)