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スターバックスがいかに完全禁煙へ移行したか?「客を選ぶ」スゴい戦略

文=梅本龍夫/立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任教授、経営コンサルタント
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禁煙にしたら、タバコを吸いたいお客を逃がしてしまう」

 飲食店の経営者なら、この悩みを持たない人はいないと思います。「日銭を稼ぐ」商売は、今日お客さんが入ってくれても、明日は誰も来てくれないかもしれないという恐怖といつも戦っています。タバコを吸いたい人を断ることは、とても勇気がいります。

 拙著『日本スターバックス物語』(早川書房)で詳しく紹介していますが、スターバックスはアフタヌーンティーなどを展開していたサザビー(現サザビーリーグ)というパートナーを得て日本上陸を果たしました。価値観やセンスが一致し、最初から息の合ったパートナーシップぶりでしたが、実は禁煙ポリシーについては紆余曲折があったのです。

 日本たばこ産業の調査によると、2014年時点の日本人の喫煙率は男性が約30%、女性は約10%となっていますが、スターバックスが日本に進出した1996年の喫煙率は、男性で実に2倍近い58%、女性も14%でした。このように大多数の男性が喫煙をしていた時代に、スターバックスは全面禁煙に踏み切りました。しかも、コーヒーを嗜むのは圧倒的に男性が多かったにもかかわらずです。無謀ともいわれたこの方針は、どのように決められたのでしょうか?

 米国スターバックスは最初から全面禁煙でした。米国の喫煙率が当時の日本の半分以下であったという事情もありましたが、最も大きな理由は、実質的な創業者であるハワード・シュルツ氏のコーヒーへのこだわりがありました。シュルツ氏は、五感のすべてで「スターバックス体験」を楽しんでほしいと考えています。スターバックスの店舗に入ると、バリスタが笑顔で「こんにちは!」と迎え、同時にコーヒーの「いいにおい」が漂ってきます。この入り口の体験をシュルツ氏はとても大事にしています。ところが、タバコの煙が店内に充満すると、コーヒーの香りはかき消されてしまうのです。

 実は、コーヒー豆には消臭効果があります。ローストした豆や挽きたてのコーヒーの粉がタバコなどの強烈な匂いを吸着すると、せっかくの風味が消えてしまいます。シュルツ氏はタバコの煙を排除するだけでなく、店舗パートナー(従業員)に香水などもつけないようにと指示をしています。それもこれもすべて、理想的なスターバックス体験を実現するためです。

 しかし、日本でスターバックスを運営するのに全面禁煙はあまりに無謀ではないかと、出店に当たってスターバックスとサザビーの間で激論となりました。スターバックス側はブランド価値を最優先し禁煙を主張しましたが、サザビー側は日本のマーケット事情を考慮し、喫煙可が妥当と考えたからです。話し合いは平行線となりましたが、最終的に分煙でスタートし、マーケットの反応を見ていこうという結論になりました。

禁煙にすることで客層が変わった

 ようやく1号店を東京・銀座四丁目にほど近い松屋通りの角地にオープンしたのは、96年の8月でした。スターバックスらしい雰囲気の、2階建ての店舗を構えることができました。果たしてスターバックスは日本の消費者に受け入れられるのか、関係者が緊張しながらオープンの様子を見ていると、幸いなことに次々と来店客が現れ、店はすぐににぎわいを見せるようになりました。スターバックスとサザビーの関係者がほっとし喜び合ったのも束の間、すぐに大きな問題が起きてしまいました。せっかく分煙にしたのに、タバコの煙が店全体に充満してしまったのです。

 銀座松屋通り店は、バリスタがエスプレッソなどの飲み物をつくる1階は禁煙にし、コーヒーの香りで来店客を迎えられるようにしていました。そしてコーヒーと一緒にタバコを楽しみたい人のために、2階は喫煙エリアとしました。ところが、2階が喫煙客であふれ、タバコの煙が階段を伝って1階まで漂ってくるようになってしまったのです。これでは分煙にした意味がなく、シュルツ氏がこだわるスターバックス体験も台無しです。

 そこで運営会社であるスターバックス コーヒー ジャパン社長の角田雄二氏は、ある実験を開始しました。それは、2階の喫煙スペースをだんだんと狭くしていく、というものでした。角田氏は80年代からロサンゼルスでレストランを経営していたので、米国の喫煙事情をよく理解していました。かつてはどの店もタバコの煙が充満していましたが、次第に禁煙にする所が増えていきました。すると店内の空気がきれいになり、雰囲気も健康的になっていったのです。「このトレンドは間違いなく日本にも来る」。そう直感した角田氏は、喫煙率が米国よりはるかに高かった日本でも、うまくやれば禁煙方針のメリットを来店客に理解してもらえるのではないかと踏んでいました。

 角田氏は店舗パートナーたちと相談しながら、喫煙スペースを慎重に減らしていきました。結果的に、売り上げが落ちることもなく、喫煙客から大きな不満の声が上がることもありませんでした。そして、最終的に全面禁煙への転換を決意したのです。

 すると、来店する客層も微妙に変化しました。女性客が増えていったのです。禁煙方針は、今までコーヒー消費の主なターゲットとしていなかった人々の来店を後押しし、若い女性たちを中心に「スターバックスっていいね」という声が広がっていきました。

 戦略とは、違いをつくること、すなわち客を選ぶことです。「禁煙にしたらタバコを吸いたいお客が逃げてしまう――だから喫煙可にする」というのもひとつの戦略です。しかし、喫煙が当たり前だった時代に違いをつくったスターバックスは、結果として「Smoke Free」(タバコの煙のない空間)を楽しむ新しいタイプの顧客でいっぱいになっていったのです。
(文=梅本龍夫/立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任教授、経営コンサルタント)

梅本龍夫/立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任教授、経営コンサルタント

梅本龍夫/立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任教授、経営コンサルタント

1956年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。電電公社(現NTT)に入社し、社内留学制度を利用してスタンフォード大学ビジネススクール修了(MBA)。ベイン&カンパニー、シュローダーPTVパートナーズを経て、サザビー(現サザビーリーグ)の取締役経営企画室長に就任。同社の合弁事業、スターバックス コーヒー ジャパンの立ち上げプロジェクトの総責任者を務める。2005年に退任し、同年アイグラム、2011年にリーグ・ミリオンを創業。サザビーリーグ退職後もコンサルタントとして10年間、同社が展開するブランドの企画などに携わってきた。現在、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任教授。2015年5月、『日本スターバックス物語──はじめて明かされる個性派集団の挑戦』を上梓。

Twitter:@Tatsuo_Umemoto

『日本スターバックス物語--はじめて明かされる個性派集団の挑戦 』 日米のカリスマ経営者たちが組んだ最強タッグの知られざる舞台裏を、日本でのスターバックス立ち上げプロジェクトを担った著者が綴る amazon_associate_logo.jpg

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