鴻海の業績は振るわない。18年12月期の連結営業利益は1361億台湾ドル(約5000億円)。16年のピークから約2割の減益である。スマホ市場の失速や中国での人件費高騰など、克服すべき経営課題が山積している。
1週間後の4月17日、郭氏は総統選への出馬を表明した。鴻海の株価は出馬表明以降、冴えない。
鴻海の本籍は台湾、現住所は中国
郭氏は「独裁」経営を公言する。彼がすべてを決定する。鴻海は郭氏の経営力で成り立っているため、郭氏が抜けるダメージは大きい。そのため、総統選出馬の噂が飛び交い始めた4月16日には、株式市場がすぐに反応した。
鴻海の最大のライバルで、電子機器のEMS世界2位の台湾・和碩聯合科技(ペガトロン)の株価は前日比10%近く上昇、ストップ高となった。ペガトロンはアップルのiPhoneの受託を鴻海と奪い合う関係である。郭氏が政治家に転身すればアップルの受注がペガトロンに流れるとの思惑で株価が上昇した。
与党民進党の蔡英文政権下で中台関係は悪化。国民党の一部には、米中双方に人脈を持つ郭氏を擁立して政権交代できれば、台湾に政情の安定と経済発展をもたらすとの考えがあるようだ。
事実、郭氏は16年12月、中国広東省広州市で、地元政府と共同で建設する液晶パネルの新工場建設に1兆円を投じると表明した。
17年7月、米ホワイトハウスでトランプ大統領と記者会見し、米の液晶パネル新工場建設に100億ドルを投資することを明らかにした。
貿易戦争がヒートアップしている米中双方に太いパイプを持つ郭氏が総統になった暁には、トランプ流の取引で台湾に利益をもたらすと、郭陣営は強くアピールしている。
しかし、鴻海の中国依存の事業構造に懸念する声があるのは確かだ。本籍は台湾だが、現住所は中国である。中国の従業員は合計で100万人規模に達する。企業資産の大部分が中国にある。民進党は「中国に工場がある経営者が台湾の総統として、中国にきちんと物申せるのか。人質をとられているのと同じではないか」と、強く批判する。
6月21日の定時株主総会で郭氏は董事長から退任し、一般の董事(取締役)になった。新体制で戴正呉氏が復帰した。郭氏の死別した前妻の叔母で、創業時から金庫番を務め、「銭ママ」と呼ばれる黄秋蓮・総財務長が“ポスト郭”の本命とみられていたが、引き続き金庫番として新しい体制をサポートする。後任の董事長には、グループの半導体事業を統括してきた劉揚偉氏が7月1日に就任する。同氏は受託生産で急成長してきた鴻海を、半導体など高収益部門を育成して支える考えだという。