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高井尚之が読み解く“人気商品”の舞台裏

原宿の純喫茶・アンセーニュダングル、44年間、客足が絶えない秘密

文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
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自由が丘の「カフェ・アンセーニュダングル」

「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数ある経済ジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。

 町を歩いていて、「昔ながらの、この店も閉店したか」と思った経験はないだろうか。現在の飲食店、なかでもカフェは、「個人経営の店(個人店)が生き残るのが厳しい時代」だ。まずは数字から紹介しよう。

 国内の喫茶店(カフェも含む)の店舗数は、平成の初期と後期(発表数値が残る年)では半減している。

・1991(平成3)年=12万6260店
・2016(平成28)年=6万7198店
(総務省調査を基にした全日本コーヒー協会の発表資料)

 一方、大手チェーン店は、上から順に数字を丸めると、(1)「スターバックス」(1400店超)、(2)「ドトール コーヒーショップ」(1100店超)、(3)「コメダ珈琲店」(800店超)、(4)「タリーズコーヒー」(700店超)となっている。上位4社合計で4000店を超える。

大手4社のカフェは「17店に1店」の割合

 上で紹介した「6万7198店」の内訳は公表されていないが、大手チェーン店を含んでいるとすれば、「約17店に1店」が、この上位4社のカフェになる。

 これだけあると「仕事や街歩きの際に入る店はスタバ」という人も多い。カギカッコ内をドトール、コメダ、タリーズに変えても同じだ。

 それ以外にも東京都内にはカフェの店舗が多く、全国に100店以上展開しているチェーン店を思いつくまま挙げると、「星乃珈琲店」「珈琲館」「上島珈琲店」「エクセルシオールカフェ」などがある。「喫茶室ルノアール」は現在約90店だが、かつては100店を超えていた。前述の大手4社に、これらの店も合わせると、「4000店超」が「約5000店」になるのだ。

 一方、個人店は大手と比べて資金力が劣り、さらに店主の現役寿命もある。何歳で開業するかにもよるが、一般的に「ひとりの店主が現役で活躍できるのは30~40年」といわれる。親族でも他人でも「後継者」が育たないと、人気店であっても長年にわたり営業を続けるのは難しい。

 そんななかにあって、東京都内で長年、人気を維持している個人店を紹介したい。その店の名前は「カフェ・アンセーニュダングル」。本連載で約2年前にも紹介したが、「平成」を経て「令和」となっても人気店として生き残った。その秘訣を、改めて考察したい。

都内に展開する3店舗が、いずれも高評価

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アンセーニュダングルのコーヒー

 アンセーニュダングルは、都内の原宿、広尾、自由が丘に店舗がある。意味はフランス語で「角の看板」だ。もっとも古い原宿店の開業は1975年(今年で44年)、広尾店は79年(同40年)、自由が丘店は85年(同34年)。創業者は、今も現役で活躍する林義国氏だ。

 飲食店の評価サイトでも、各店の評価は高い。個人店を取材すると、「かつては複数店を経営していたが、今は1店に絞った」という話もよく耳にする。長年続く店を「高評価」で、かつ複数店を維持し続けた意味でも、特筆されるのだ。

 この店の特徴は、創業以来「店の哲学」を変えないこと。マーケティングの世界では「消費者はどんどん変わる」「時代とともに店を変える」といわれるが、「変えなかった」からこそ支持されてきた。これは店の軸足など「開業指針」が定まっていないと無理だろう。

 たとえば、店のコンセプトは、「女性客を意識した、フランスの片田舎の一軒家の内装」だ。林氏は、現在は原則として、路面店である自由が丘店のカウンターに立つが、同店も開業当初から変わらない。店の場所は、東急・自由が丘駅前の飲食店が立ち並ぶエリアを抜けた線路脇にある。変化の激しい駅前の飲食店にあって、ここだけは違う空気が流れる。

 看板商品の「ブレンドコーヒー」(フレンチコーヒー)は、ネル(布)ドリップを用い、深煎りで淹れる。これも昔から変わらない。飲んでみると濃厚で、苦みとコクのバランスがある味だ。価格は自由が丘店では600円、人気の「ガトー・フロマージュ」(自家製チーズケーキ)は500円なので、両方頼むと1000円を超える。

細部にこだわり、「本質を知る顧客」から評価

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ネルドリップで丁寧に淹れる

 それにもかかわらず、コンビニコーヒーが100円で飲める時代に、なぜ人気を維持できたのか。取材時に、たまたま居合わせたお客さんと会話するなかに、回答の一端が見えてきた。

「自由が丘に来ると、最後はこの店に来るの。カウンターの分厚い板も好きなのよ」

 こう話すのは、都内に住む80代の女性。年齢を感じさせないスタイリッシュな服装と姿勢の良さも印象的だ。自宅を建て直した際、あえて木造住宅にこだわり調べるうちに、木に対する興味が増したという。

 同店のカウンターは8メートルにも及ぶ一枚板。材木はアフリカクルミだという。「かつては12メートルでしたが、店内のレイアウトの関係で、やむをえずカットしました」(林氏)

 店では、コーヒーカップもソーサーも「ロイヤルコペンハーゲン」「ベルナルド」「リチャードジノリ」などの一流品を使う。これも同氏の信念だ。

「わざわざお越しいただいたお客さんですから、おもてなしの意味を込めています。自宅でも来客には、その家にある高級なカップでもてなすのと同じです」(同)

 自由が丘店には新鮮なバラも置かれている。他店と同様、都内の薔薇専門店「ローズギャラリー」から、当日朝に摘んだばかりのバラが14本届けられる。週に1度のペースで花を取り換えるという。これも長年続けている「しつらえ」だ。

 カウンターで林氏の話を聞くうちに、少し離れたカウンター席の女性は帰り、別のお客さんが座った。

「ここに座る人の多くは常連客です。著名人も多いのですが、サインをもらうようなことはしません」(同)

 1000円前後で楽しむ「大人の社交場」だなと感じた。

1周回って再評価された「純喫茶」

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自由が丘店の店内に飾られた新鮮なバラ

 十数年にわたりカフェを取材する筆者は、毎回の統計調査で減る「店舗数」だけでは見えない“変化”も感じてきた。たとえば、「店舗数が減る=衰退産業」ではなく、20代や30代の若手店主が積極的に店をオープンさせる。新陳代謝が激しい一面もある。

 そもそも、現在は空前のコーヒーブームだ。1杯100円からのコンビニコーヒーは年間十数億杯も提供される一方で、1杯1万円のコーヒーを楽しむ人もいる。これほど“日本人がコーヒー好きになった時代”は過去にない。コーヒーの輸入量も2000年に40万トンの大台に乗ってからは、19年連続で40万トン超となっている(いずれも生豆換算の合計。財務省「通関統計」を基にした全日本コーヒー協会の資料)。

 若者のなかで「純喫茶好き」が増えたのも近年の傾向で、これは業界関係者の共通認識だ。「昔ながらの喫茶店」が「古い」ではなく「かわいい」と考える20代も目立つ。

 理由のひとつは「インスタ映え」だろう。もうひとつは「親世代や祖父母世代が好んだものの受け入れ性」だと筆者は考える。家族仲のよい環境で育った人が増え、「おばあちゃん子だったので、祖母の好物だったお菓子も大好き」(20代の女性)という話も聞いてきた。

 かつて、ドトール創業者の鳥羽博道氏が「ドトール コーヒーショップ」業態を開発した際、同氏はセルフカフェを「喫茶店の最終形」と考えた。だが、そうはならなかった。

 セルフサービスの「ドトール」は存在感が大きいが、その前に同社が開発した「カフェ コロラド」というフルサービスの喫茶店は、今も約50店(最盛期は約250店)残るのだ。

“後継者”がどうつないでいくか

 こうして考えると、「純喫茶の前途は明るい」と言いたいが、全世代で収入が伸びない時代なので、中価格帯以上のコーヒーを提供する店は、お客を楽しませる工夫が必要だ。

「楽しませる」にもさまざまな意味があるが、「お客を裏切らない」も大切だ。たとえば、東京・下町の個人店のなかには、近年激増したインバウンド(訪日外国人客)を見込んで、メニューの料金を一気に上げて“観光地価格”にした店もある。一見客は行くかもしれないが、これでは、それまで利用してきた常連客の足が遠のく。

 また、長年続く人気店は、メディアも興味を持つので登場回数も多い。その際、アンセーニュダングルもそうだが、その後に客層が変わったり、調子に乗ったりしない姿勢も大切だろう。

 現在、アンセーニュダングルの自由が丘店では林氏のほか、妻の伴枝氏、息子の義裕氏が一緒に働く。1984年生まれの義裕氏は、クレジット会社で7年勤務した後、父の背中を追った。

「変わらないのも文化」といわれる欧州型のカフェとして、今日来たお客さんと向き合い、毎日の営業を続ける。飲食だけではなく“隠し味”に本物の内装や調度品を用いるのが、この店の本当の実力なのだろう。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)

高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント

高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント

学生時代から在京スポーツ紙に連載を始める。卒業後、(株)日本実業出版社の編集者、花王(株)情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。出版社とメーカーでの組織人経験を生かし、大企業・中小企業の経営者や幹部の取材をし続ける。足で稼いだ企業事例の分析は、講演・セミナーでも好評を博す。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。これ以外に『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(同)、『「解」は己の中にあり』(講談社)など、著書多数。

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