枕営業など無意味、声優事務所は「声優派遣事務所」にすぎない…作品重視の声優業界の構造
吉本興業の「闇営業問題」や、のんこと能年玲奈の移籍問題、元SMAPメンバーへの圧力疑惑に端を発するジャニーズ事務所への公正取引委員会の“注意”問題を考える上で、タレントの移籍がほぼ自由に行われている声優業界を比較材料として考えてみる本企画。この【後編】では、引き続き声優業界の構造分析を進めていこう。
【前編】「SMAPと能年玲奈を苦しめる芸能界の悪しき慣行…声優はなぜ“移籍フリー”なのか?」
次の要素は、ギャランティ。すなわち、声優のギャランティシステムのあり方も、声優業界が“移籍フリー”であることの構造的要因となっているという。
「アニメ声優の場合、業界団体が定める年功序列的な“ギャランティリスト”があって、そのリストにおけるランクが同じならばギャラも同じなんです。大量の台詞がある主演級の声優でも、一言二言しかない“通行人役”の声優でも、ランクが一緒ならばギャランティは基本的に同じ。で、その“ランク”はキャリアによるところが大きいので、人気のあるなしとはあまり関係がない。だから、人気声優だからといって、必ずしも大金を生み出すわけではないという構造があるわけです。この点もまた、事務所が声優を無理に“囲う”必要がないと判断する理由になっているのでしょうね」(声優事務所関係者)
一般芸能界であれば、人気があることは「数字が取れる」ことを意味し、数字が取れるとなれば番組で重要な役を任されることに繋がり、それがそのままギャラの多寡に直結してくる。そして、一般人が「誰でも知っている」状態に近づくほど、より多くのギャランティが発生するCMの仕事に繋がりやすくなる。しかし、声優業界では「人気=収入の多さ」とは必ずしもならないため、「人気のあるタレントが独立・移籍したがって、所属プロと揉める」という事態も生じにくい構造があるのだろう。
声優事務所は「声優派遣事務所」にすぎない
アニメ作品における「製作委員会方式」というシステムも、一般の芸能界の番組制作とはかなり異質だ。あるレコード会社関係者はこう語る。
「多くのアニメ作品は、製作委員会方式で作られることがほとんど。テレビ局、レコード会社、原作を出した出版社などが共同出資し、アニメを製作するわけです。一般の芸能界でも映画などはこの方式でしょうが、逆に地上波のテレビ番組でこの方式が採られることはまれですよね。
で、重要なのは、製作委員会に加わっている企業のパワーバランスってほぼ均等で、ものすごくフラットだということ。声優のオーディションも、本当にキャラクターとイメージが合うかどうかが選考基準になっていて、どこか力のある出資企業の意向でキャスティングされるといったことはほとんどない。ある意味、ものすごく“ガチ”なんですよね」
声優業界は、プロダクションがタレントをコントロールしようとはせず、タレントの“自由意思”が前面化していることはこれまで述べてきた通り。そのため、タレントが個人的に動いてしまい、仕事を取ってくるための“枕営業”が多いなどといったこともしばしば指摘される。しかし、上記の「製作委員会方式」が主流であることにより、実は枕営業などやっても意味のない構造があるのだという。
「仮に声優が、枕営業的な手法で製作委員会のなかで発言権を持つような誰かとねんごろになったとしても、キャスティングにおいてその誰かの意見が通るようなことってあまりないんですよ。結局そこも、『作品ありき』だし、役柄に声が合うかどうか』がいちばんの選択基準ですから。だから、『役をもらうために枕営業する』って、あまりないんじゃないですかね。
それに、一回いい役をつかんだくらいでは、スターになれないのが声優業界。しっかりキャリアを積んで、いい演技をし続けないと評価はされない。だから、仮に枕営業でちょっといい役をもらえたとしても、その一回だけで終わってしまうのではないでしょうか。だから、チャンスをつかむための手段としては、割りに合わないだろうと思います」(前出・レコード会社関係者)
一般の芸能界では、「あるタレントがいい役をもらい、そこで世間的な注目が集まったタイミングで、事務所がメディアなどに頭を下げ、一気に世間への露出を増やしてスターダムの階段を上っていく」という手法が、これまでの大手芸能プロが採ってきた典型的な“タレント売り出し”のための手法だろう。ジャニーズ事務所の売り出し手法などは、その最たる例かもしれない。しかし、タレントと所属プロとの間のこうした関係性も、声優業界ではまず見られないもののようだ。
「芸能界であれば、新人を育成するためにじっくりと時間とカネをかけて、さらにここぞというタイミングで売り出すために、さらに大金を投下する――といったこともあり得るでしょうが、声優業界ではまずない。やはりここでも、生身の人間がウリなのではなく“役柄に声が合うかどうか”がすべてですし、そもそもオーディションに受からないと仕事は来ないもの。だから、声優を“売り出す”という発想もあまりないんです。つまり、先行投資をして、それを後から回収するというビジネスではないので、事務所としても声優の移籍を容認できるんでしょうね。そもそも、芸能プロのように声優を“マネジメント”しているという感覚もあまりないと思いますよ。それよりも感覚としては、“声優派遣事務所”に近いものなんでしょうね」(前出・声優事務所関係者)
公取委で芸能界はクリーンになるのか?
こうして見てくると、芸能界とはまったく異なる構造がベースにあるがゆえに、移籍が自由となっているのが声優業界といえそうだ。そういう構造があればこそ、プロダクションがタレントの動きを制限するような“強権発動”も、声優業界ではあまり見られないわけだ。となれば、声優業界のやり方をそのまま芸能界に持ち込んでも、そうそううまくはいかないのではなかろうか――?
「オタク文化が一般化したことによって以前に比べてアニメの製作本数も多く、声優の仕事はたくさんある状況だということも、声優のプロダクションが移籍に対して寛容だという理由のひとつにはなっているかもしれません。一方、テレビや映画の場合は、キャスティングありきで企画が立ち上がることも多いし、芸能プロが製作にからんでいることも珍しくない。つまり、事務所の力が強すぎる構造が前提としてあるわけで、公正取引委員会など行政の指導によって『移籍の自由化』が成し遂げられたとしても、それはそう簡単にうまく回っていくとは、ちょっと思えないですね……」(前出・レコード会社関係者)
声優タレントにとって事務所移籍の自由が担保されているのは、それを可能にするような環境・構造がベースにあればこそ。現在の芸能界にその環境があるかと問われれば、答えは「NO」だろう。となれば、行政権力の発動によって「プロダクション移籍の自由」が成し遂げられたところで、それは“絵に描いた餅”で終わってしまう可能性も大いにあるのではなかろうか。
しかし、前所属プロダクションとのトラブルによって活動が制限され苦しんでいるタレントが存在しているのはまぎれもない事実。芸能界の変革が真の意味で達成されるのは、いったいいつのことになるのだろうか……?
(文=編集部)