クラシックオーケストラ、独特すぎる雇用事情…リストラできない、定年までずっと勤務
オーケストラは、言葉でなく音楽を通じてディスカッションしているともいえますが、数日間のリハーサルで音楽をまとめなくてはならないので、指揮者のアイデアとオーケストラの個性を両立しながらコンサートで最高の出来栄えに仕上げるために、コンサートマスターをリーダーとして、首席奏者、一般奏者と指示系統がはっきりとしています。
まずは、楽員の採用方法からして違うことは、この連載でも何度も書かせていただいた通りです。驚かれるかもしれませんが、一般企業のように、高卒採用や大学新卒採用なんて言葉すらありません。大学を出ようと出まいと、40歳を超えようと、どこの音楽教育機関にも入らずに個人レッスンで楽器をマスターした奏者であっても、オーディションに受かれば「就職」です。しかし、本採用には、日本社会ではなじみが薄い「試用期間」を経なくてはなりません。
それには理由があります。オーケストラは転勤も配置換えもないので、ずっと同じポジションで定年まで仕事をすることになります。そのため、演奏技術はもちろんですが、人間性、協調性などを精査するために、試用期間として通常は1年間費やすのです。
そして、めでたく正式採用となれば、給料が年々上がっていくのは一般企業と同じです。大きく違うのは、一般企業のように社内で出世をしながら、課長手当や部長手当を上乗せして収入が上がるようなことはないという点です。それは、オーケストラ内で出世というものがないからで、手当が付く首席奏者は、入団する際に首席オーディションに合格した楽員です。一般楽員のなかにも、改めて首席オーディションを受けて首席になる方もいますが、多くは定年まで同じポジションで勤めあげるのです。
そして、雇用主が被雇用主をリストラができない業界でもあります。たとえば、「今、財政がピンチなので、フルートとトランペット奏者を関連企業に出向させて、チェロを全員リストラして急場を乗り切ろう」なんてことをすれば、その日から演奏ができなくなるからです。そうやって楽員同士が長い間一緒に仕事をしながら、”同じ釜の飯を食いながら“その楽団の個性をつくり上げていくのがオーケストラの素晴らしさです。
(文=篠崎靖男/指揮者)