今、自動車業界は若者のクルマ離れや高齢者の運転による事故多発など、多くの市場課題がある。それらに対する答えのひとつとして、運転はAIが人間に取って代わるということがある。それにより、自動車は移動中の楽しさや快適さを共有する空間として、また、運転者の技術に左右されない安全な移動手段として、価値を変えていくことになるだろう。走りの楽しさや燃費、ハイブリッドカーや電気自動車、燃料電池自動車といった動力性能に代わる、新たな競争軸の台頭が見込まれる。
AIは人間の仕事を奪うのか?
さて、「AIが人間に取って代わる」という言葉には、2つの意味が含まれる。
ひとつは、人間の負担や判断を肩代わりして「人間に自由を与える」という意味だ。もうひとつは、「人間の仕事を奪う」という意味である。
例えば、自動運転が一般化すれば、家族のドライブで運転に専念していたお父さんが、会話に加わることができるようになる一方、タクシードライバーは職を追われることになるかもしれない。AIが話題になる時、しばしば「AIによって消える仕事」といった刺激的な論調を目にすることも多い。しかし、本質は「いかに、人間にしかできないことをやるか」である。その点において、私は職業は関係ないと考えている。
AIは今後、世界の競争戦略の要の技術として、各企業、各国、各経済圏で技術競争が激化していく見込みだ。人間の脳をシミュレートすることで再構築を目指す、EUの「ヒューマン・ブレイン・プロジェクト」には、10年間で総額12億ユーロ(約1600億円)もの予算が投じられる。
アメリカの科学プロジェクト「ブレイン・イニシアティブ」も、連邦政府機関の予算だけで、10年間で10億ドル(約1200億円)だ。日本でも、「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」において、2015年度予算で約64億円が使われる。
こうしたプロジェクトの多くは、人間の脳や認知、感情の解明といった学術的探究の色合いが濃い。一方で、AIの研究成果が、ロボット、IT、金融、医療といった産業分野に応用されることで、強い競争力と莫大な利益の源泉になることは想像に難くない。
チェスやクイズ、顔認識機能など、一部ではすでにAIは人間超えを果たしている。確かに、ミスを犯さないAIは、最強のチェスプレイヤーだろう。しかし、予定調和のような淡々とした試合運びに誰が感動するだろうか。
おそらく、AIは「人間の仕事を奪う」のではなく「人間の仕事の質を変え、新たな仕事を創出していくもの」になるだろう。「人間にしかできないこと」は、今後あらゆる事業分野において、重要な競争軸になるに違いない。
(文=三村昌裕/三村戦略パートナーズ代表取締役、戦略コンサルタント)