高級車の代名詞ともいえるメルセデス・ベンツ。このブランドの代表的な車種というとセダンを思い浮かべる人も多いかと思うが、実は近年売り上げ好調なのがコンパクトカー、特にメルセデスの中では最も安いグレードに位置する「Aクラス」だ。
メルセデスを展開するドイツの自動車メーカー、ダイムラーが今年7月に発表した2019年第2四半期(4~6月)の世界新車販売の結果によると、同社の総販売台数が前年同期比1%減、自動車市場で世界的ブームになっているSUVも同13%減となっている。だがそれに対し、昨年販売が開始された4代目のAクラスは、19年第1四半期では前年同期比25.6%増と同シリーズで過去最高の売り上げとなった。
“庶民のためのベンツ”登場のインパクトとその意味
初代Aクラスが登場したのは1997年。初代から異彩を放っていたAクラスを、自動車業界関係者は当時どう見ていたのか。国内外の自動車事情に詳しいAll About「車」ガイドの小池りょう子氏はこう話す。
「メルセデスはそれまで老舗高級自動車メーカーと言われていて、高級セダンしかないイメージでした。それがAクラスで初めてFF(前輪駆動)のハイトワゴンとミニバンの中間のようなコンパクトカーを出してきたので、業界的にはかなり衝撃がありました。ただ全高が1575mmと当時としてはかなり高く、古い立体駐車場だと入らないような高さでしたし、メディアが行ったエルクテスト(急ハンドル試験)では横転。販売開始早々リコールされており、個人的にも『なぜこれを出したのだろう』と思っていました。ところが、フタをあけてみればそれなりにヒット。やはり“庶民にも買えるベンツ”というインパクトが大きかったのではないでしょうか」(小池氏)
それまで最も安かったCクラスの小型セダンでも約400万円台だったメルセデスが、Aクラスは200万円台と考えると、ベンツに憧れていた層の購入欲をくすぐるには充分なモデルだったのだろう。「メルセデスとしてはユーザーの若年層化を図るという狙いもあったのかも」と小池氏は振り返るが、いずれにしてもエントリーモデルとしてAクラスを据えるメルセデスの新たな試みは成功した。
「ところが2004年に発表した初代を踏襲したモデルの2代目Aクラスは、売れなかったわけではないですが、初代を上回るインパクトはありませんでした。なにより1998年からアメリカの大衆車メーカー、クライスラーと合併してダイムラー・クライスラーになっており、その時期のメルセデスはモデル展開やデザイン面で迷走。ブランド価値を大きく下げていたなかでの発売だったので、業界的にも存在感が薄かったのです。ですが、2007年にクライスラーを売却し、ダイムラー単独経営に戻って車のつくり方に改革が行われた後に登場した3代目Aクラスは、デザイン面などを刷新してメルセデスらしいかっこよさが戻ってきたなと感じましたね」(小池氏)
3代目の車格は、それまでのBセグメントからCセグメントに変更されて全長は44cmも伸び、反対に全高は約16cm低い。もはや先代までと比べると違うシリーズと思えるほどビジュアルはシュッとした。そして昨年発売された新型Aクラスもフルモデルチェンジで、「MBUX(メルセデス・ベンツユーザーエクスペリエンス)」といった新技術も初めて採用して話題となっているのである。
AクラスとBクラスが狙う層
一方で、気になるのは全高の低さ。全高自体は新型と3代目は変わらないが、自動車業界は世界的に長らく続くSUVブーム。視野の広さから全高の高いSUVが好まれる傾向もあるなか、新型Aクラスはスポーティな見た目でSUV感がないわけではないが、全高を高くすることはなかった。
「もともと2代目までは燃料電池を動力源とする前提で設計が行われたため、床下が二階建て構造となっていましたが、3代目からはこれをやめた影響で全高が下がりました。それともうひとつ、どれだけ全高が高い車が好まれる傾向になっているとしても、一定数は背の高い車に抵抗のある人はいる。特に中高年層はその傾向があり、そのようなユーザーの受け皿になっているのもあるでしょう」(小池氏)
「セダンじゃなきゃ車じゃない!」という意固地な車好きに向けたかどうかはわからないが、今年7月にはAクラスセダンも発表され、こちらも多くの車雑誌で特集が組まれている。そしてモデルイメージを改革したAクラスに代わり、同プラットフォーム、同価格帯で2005年に登場したのがBクラス。現行は3代目となっており、“背の高いAクラス”というコンセプトを持っているが、小池氏はこう疑問を呈す。
「生産台数を見るとAクラスと劇的に差があるわけではないですが、ビジュアルも昔の売れなかった国産ミニバンのようでベンツらしくないですし、居住性の追求のため車内の広さを謳っていますが、それであればSUVを選べばいい。全体的に中途半端なので、ダイムラー単独に戻って回復したメルセデスのブランドイメージを、Bクラスがぼやかしてしまっている面があると思います。狙いとしてはSUVでもコンパクトでもない、ニッチなところを求めるユーザーのニーズに応える意味があるのでしょうが、『Bクラスって必要?』と考える業界関係者は多いのではないでしょうか」(小池氏)
特に日本ではすべてのニーズに応えるため、外国に比べて各メーカーのラインナップが多いという。ただし、メルセデスのような大きな看板を持つメーカーはブランドイメージとの兼ね合いが難しいところ。とはいえ事実として売れているメルセデスのコンパクトカーは、今後も展開の仕方が鍵になりそうだ。
(取材・文=A4studio)