なぜ一発屋芸人はすぐ消え、アップルの新製品は必ず売れるのか?マーケ戦略より考察
「日本企業には優れた技術があるが、マーケティングのノウハウがないために海外企業に負けてしまう」という解説がよく聞かれ、書店にはマーケティングに関する書籍があふれている。また、マーケティングと聞くと華やかな職種というイメージも強く、就職活動中の学生の間にも志望する向きが多いようだ。
本連載の前回記事では、「マーケティングにおける市場調査とターゲットの重要性」について紹介したが、今回はその先にある「製品のポジショニングと他社との差別化」という問題を、立教大学経営学部教授の有馬賢治氏に解説してもらった。
ポジショニング
――顧客が製品・サービスを購入しやすくするために、企業側は顧客にターゲットを定めることが重要というのが前回のお話でしたが、それだけでは不十分ではないでしょうか。
有馬賢治氏(以下、有馬) そうですね。絞ったターゲットのなかでも当然ながら、競争は発生します。ですから、そのなかでも「自社らしさ」という独自の立ち位置の確保が必要になってきます。この立ち位置を定めることを「ポジショニング」といいます。展開したい製品、たとえばアパレルの場合、自社ブランドのファッションが高級志向なのか庶民的なのか、フォーマルなのかカジュアルなのか、といった観点から二次元マップのように整理して、新たに加わる自社製品が顧客に分かりやすい立ち位置となるのか、近い立ち位置の競合相手がいるのかいないのか、いるならどのくらいの数なのか、といった要素を調査・分析します。
――さまざまな軸から自社製品の「ポジショニング」を決めるということですね。
有馬 そうです。高価格帯と低価格帯には他社の○○があるからうちは中価格帯にしようとか、自社製品のオリジナリティーを出すのであればセミフォーマルにしようとか、競合製品との比較検討したり自社製品の特徴を客観視したりしながら、まさに「立ち位置」を決めていくわけです。
他社製品との差別化
――それでは、どのようにして自社製品のポジショニングを顧客に伝えるのでしょうか。
有馬 ポジショニングができたら、次は他社製品との差別化を図ります。差別化とは、要するに自社製品らしさのアピールです。もっとも一般的な手段はCMです。たとえば、日産自動車の「リーフ」は電気自動車なのですが、CMでガソリン車とレースをさせてその加速性能を強調しました。これは、他の製品との比較によって、性能の差別化を訴えているのです。一方、チョコレートやビールなど見ためや味だけでは大きな違いがわからない製品もあります。このような場合は、その製品のイメージにピッタリなタレントを起用して顧客の感情に訴えるという手法で差別化を使います。
――確かに大人向けの製品には大御所の俳優や女優、10代向けならばアイドルを使うという手法はお馴染みですね。
有馬 そうですね。こうしてポジショニングと差別化がはっきりすると、顧客に向けてのメッセージが明確なものになります。すると、それに共感した熱心なファンが生まれる可能性がでてきます。今ならアップルの製品などがそうですね。高価格帯でも新製品の発売ともなれば、発売日以前からアップル・ストアには毎回長蛇の列ができます。
こういった現象は、製品に限らずサービス財でも同じようなことがいえます。サービス財での端的な事例としては、アイドルが最もわかりやすいでしょう。現代はご当地アイドル、地下アイドルなど無数にアイドルが存在し、ちょっとやそっとじゃ埋もれてしまう時代です。しかし、そのような中でポジショニングと差別化をはっきりさせて人気を得ているユニットがあります。BABYMETALは、アイドルにメタルの要素を組み合わせたことで他のアイドルとの差別化に成功し、独自のポジションを築いて話題となりました。この例からもタレントなどにもポジショニングや差別化というのが非常に大切だということがわかります。
――いわゆる“一発屋芸人”にも、ポジショニングはあてはまるのでしょうか?
有馬 はい。しかし、製品の場合は同じポジションで売り続けることで消費者に安心感が生まれてリピーターが生まれる可能性はありますが、サービス財、特に芸能の分野だと同じ芸で人気を長続きさせることは難しいです。人というのは、同じ刺激を与えられ続けると飽きてしまいます。これを心理学では「心的飽和」といいますが、芸人が受けている芸があるからといって同じ芸を繰り返していると、何度も同じ芸を見せられている観客からは飽きられてしまいます。
その結果、その芸人がテレビからいつのまにか消えてしまうという現象を私たちはよく目にしています。多くのサービス財では、消費者から新鮮さを常に求められるという側面がありますから、持ち味と新鮮さの両立が必要になります。芸人の一発芸などは、あるタイミングでは差別化ができても、そのポジションに安住してしまうと長続きができないという特徴があります。持ち味を生かしつつもポジションを進化させるという工夫が求められているという点が、芸能の世界の難しいところですね。
(解説=有馬賢治/立教大学経営学部教授、構成=A4studio)