まったくの茶番劇――。
カルロス・ゴーン被告が9日、レバノンで会見を行った。発言内容は抽象的、情緒的で、主張のエビデンス(証拠)提示はなかった。茶番劇という日本語がピッタリする。「友好的なメディア」と認定され招待状をいただいたのは朝日新聞、テレビ東京(『ワールドビジネスサテライト(WBS)』)、小学館(「週刊ポスト」・「NEWSポストセブン」合同取材班)の3媒体のみといわれている。WBSは「テレビではWBSだけ」と報じていた。
日本経済新聞を筆頭に日経グループは、ゴーン被告が日産自動車会長・社長だった時から、まるで“ゴーン広報紙”のようだった。日産が日経1面で第一報を書かせて、当日午後から翌日に発表する事例がいくつもあった。ロシアのプーチン大統領に頼まれて実行したロシアの自動車会社買収など多くの案件は、いまや日産の“負の遺産”になり下がっている。
ゴーン被告の主戦場は、もはや日本ではなくなった。日本の記者に批判的な質問をされるのは得策ではないと判断したのだろう。筆者が知りたいのは、3つの媒体を「招待する」ことを最終的に決めたのが誰かということだ。公式には「ゴーン被告が選択した」となっているが、同被告が「週刊ポスト」の過去の報道をきちんと把握していたのだろうか。会見会場で入場を制限していたのは警備員。日本のマスコミ関係者が広報担当に取り次ぐよう要求しても、警備員はそれさえ応じなかった。
舐められたものだ。ゴーン被告に関する報道は腹を括ってしなければならないということを、この日のレバノンでの“記者懇談会”が教えてくれた。これまでゴーン被告は“御用記者”しか必要としていなかったし、今はさらにそうなのだ。
ゴーン被告は日産にやって来た時から、日本人を下に見てきた。「(日本を、日本人を)愛していた」というのは粉飾的な表現ではないか。会見で政府関係者の名前を出すわけがないと思われていたが、「レバノン政府に配慮して出さない」と堂々と語ったという。日産関係者6人の名前が出たが、テレビ朝日のニュース番組などは顔写真を用意していた。新しい名前は一つもなかった、ということだ。日本の弁護団が裁判所に提出した文書には、日産関係者の名前や政府関係者が載っている、と内幕を明らかにする法曹関係者がいる。
1月9日付日経新聞朝刊1面の見出しは『ゴーン元会長「無実」を強調 レバノンで会見 逃亡経緯語らず』。いまだに「ゴーン元会長」と書くのは、日経とNHKくらいだ。同日付朝日新聞の報道は興味深かった。『視点 法廷で主張すべきだ』で「自身の主張に自信があるのならなおのこと、なぜ正面から裁判で闘わずして海外に逃げたのか。強く疑問が残る」とした。ゴーン被告から友好的媒体と認定された朝日は、今後ともきちんと言うべきことを言わなければ存在意義(アイデンティティー)を失う。
レバノンの弁護士、レバノン検察当局にゴーン被告を告発した
海外逃亡についての詳細は別途リポートする予定だが、一つだけはっきりしたことがある。経営者カルロス・ゴーンは海外逃亡を機に、名経営者という栄光ある椅子から完全に滑り落ちたということだ。東京地検特捜部は、虚偽の証言をしたとしてゴーン被告の妻キャロル・ナハス容疑者の逮捕状をとった。これで「ゴーン被告の妻は米国へ行けなくなった」と指摘する法曹関係者が多い。
イスラエルの日刊紙「タイムズ・オブ・イスラエル」は「ゴーン被告が2008年にイスラエルを訪れ商談したのは、『敵国と交流』に該当するとして、レバノンの弁護士3人がレバノンの検察当局に告発した」と伝えた。レバノンとイスラエルは現在も戦争状態が続いており、敵国と交流すると禁錮刑に処せられる。レバノンの検察は「(ゴーン被告と)友好的な関係」といわれており、告発がすんなり受理されることはないとみられているが、大きな火種となる。
レバノンは政治的に混乱しており、政界と一握りの富裕層の癒着に対する若者たちの追及が激しくなっている。ゴーン被告は一握りの富裕層を代表する存在である。ゴーン被告は日本に喧嘩を売った。今度は、私たちがそれぞれのやり方でどう反撃するかである。
(文=有森隆/ジャーナリスト)