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手島直樹「マーケット・インテリジェンスを磨く」

自己資本を食い潰す「潤沢な」株主利益還元の罠…過度のROE経営が企業を滅ぼす

文=手島直樹/小樽商科大学ビジネススクール准教授

自己資本の水準についての企業と投資家の認識のギャップ

 自己資本が「ROEを悪化させる邪魔者」のような扱いを受けている印象があることは前述の通りですが、これをデータに基づいて検証してみましょう。

 平成26年度生命保険協会調査に「自己資本の水準についての認識」というアンケート調査があり、非常に興味深い結果となっています。結論からいえば、投資家が自己資本の水準が余裕のある水準(言い換えれば、多すぎる水準)と考えている一方で、企業は適正な水準と考えている、ということです。つまり、伊藤レポートやメディアのトーンは、投資家の意見を反映したものだといえるでしょう。「手元資金の水準についての認識」というアンケート調査もあり、自己資本の水準に関する調査と同様の結果となっています。

 また、「手元資金の使途として望ましいもの」というアンケート調査もあり、両者とも「成長に向けた投資資金」という回答が6割を超えていますが、興味深いのは、「財務安定化のための手元流動性確保」と回答する企業が2割ほど存在する一方で、投資家は5%弱にとどまることです。手元資金は、投資家にとっては財務安定化のための「死に金」にすぎないということでしょう。

自己資本の水準に関しては投資家と企業の利害が合致することはない

 投資家にいわせれば、日本企業の現在の状況は、企業がリスクを回避するために無駄な自己資本や手元資金を抱えて資本効率性が悪化している、ということになるのでしょう。

 では、企業が投資家の意見を鵜呑みにして実行に移すとどうなるでしょうか。つまり、自己資本も手元現金も最小限に抑えて経営するということです。確かに効率的に思われますが、企業は逆にリスクを取りにくくなるはずです。もちろん、リスクを取らなければ企業価値が創造されないという点に関しては、企業も投資家も意見は同じですが、リスク許容度が両者では大きく異なるのです。

 というのも、投資家は基本的に分散投資を行うため、ある企業のリスク投資が大幅な損失につながったとしてもポートフォリオ全体のパフォーマンスには大きな影響はありませんが、企業はそうはいきません。企業が倒産すれば社員は多くを失うことになります。ですから、リスク投資が失敗し大きな損失となったとしても、それをカバーできるバッファ(余裕幅)が必要であり、まさにその役割を自己資本が果たすのです。失敗しても会社は磐石であるという安心感がなければ、リスクなど取れはしないのです。

 少ない自己資本で積極的にリスクを取るというのは、机上の計算では素晴らしいリターンを生み出すのでしょうが、現実はそううまくはいかないものです。

手島直樹

手島直樹

慶應義塾大学商学部卒業、米ピッツバーグ大学経営大学院MBA。CFA協会認定証券アナリスト、日本アナリスト協会検定会員。アクセンチュア、日産自動車財務部及びIR部を経て、インサイトフィナンシャル株式会社設立。2015年4月より現職。著書に『まだ「ファイナンス理論」を使いますか?-MBA依存症が企業価値を壊す』(2012年、日本経済新聞出版社)、『ROEが奪う競争力-「ファイナンス理論」の誤解が経営を壊す』(2015年、日本経済新聞出版社)、『株主に文句を言わせない!バフェットに学ぶ価値創造経営』(2016年、日本経済新聞出版社)。

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