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手島直樹「マーケット・インテリジェンスを磨く」

自己資本を食い潰す「潤沢な」株主利益還元の罠…過度のROE経営が企業を滅ぼす

文=手島直樹/小樽商科大学ビジネススクール准教授

【公式】
残余利益=(ROE-株主資本コスト)×自己資本

 ここでポイントとなるのは、公式を見ればわかるように、自己資本を圧縮してROEとエクイティ・スプレッドを高めたとしても、掛け算のパラメーターとなっている自己資本が縮小してしまうため、ROEとエクイティ・スプレッドの改善ほどには残余利益が改善することはない、ということです。それどころか、後述するように、エクイティ・スプレッドがプラスである限り、自己資本は大きければ大きいほど残余利益は拡大するのです。

 つまり、残余利益という絶対額ベースの指標に基づけば、自己資本はまさに企業価値創造の源泉なのです。日本の優良大企業には有利だと考えられます。ROEやエクイティ・スプレッドというパーセントベース指標の改善にフォーカスを当てすぎると、このような企業価値創造の基本すら忘れ去られてしまいかねないのです。

企業価値創造の2つのアプローチ

 残余利益の公式から企業価値を創造するためには、2つのアプローチがあることがわかります。エクイティ・スプレッドで勝負するか、自己資本の規模で勝負するかです。

 前者は、IT系企業に、後者は大企業に適切なアプローチです。IT系企業は、物理的な資産が少ないため、少額の自己資本で経営をすることが可能です。ですから、高ROEを実現することも可能であり、高エクイティ・スプレッドで自己資本の規模をカバーして企業価値を創造することになります。実際、IT系企業にはROEが40%を超えるような企業も多く、まさにエクイティ・スプレッドで勝負していることがわかります。

 一方の大企業は、低エクイティ・スプレッドを自己資本の規模でカバーして企業価値を創造することになります。たとえば、エクイティ・スプレッドがたったの0.1%であっても自己資本が10兆円あれば、残余利益は100億円となります。自己資本の圧縮によるROE改善を投資家に求められるのは大企業が多いでしょうが、エンゲージメントの際に残余利益の概念を持ち出せば、過度な自己資本圧縮の要求に対してNOと言うことも可能なのです。

 もちろん、どちらのアプローチであっても、企業は自己資本を「成長に向けた投資資金」として活かし、キャッシュフローや利益を成長させなければなりません。これが大前提であり、この前提が当てはまらない場合には、株主還元により自己資本を圧縮しなければなりません。なお、株主還元政策に関しては、今後本連載でテーマとして取り上げる予定です。

手島直樹

手島直樹

慶應義塾大学商学部卒業、米ピッツバーグ大学経営大学院MBA。CFA協会認定証券アナリスト、日本アナリスト協会検定会員。アクセンチュア、日産自動車財務部及びIR部を経て、インサイトフィナンシャル株式会社設立。2015年4月より現職。著書に『まだ「ファイナンス理論」を使いますか?-MBA依存症が企業価値を壊す』(2012年、日本経済新聞出版社)、『ROEが奪う競争力-「ファイナンス理論」の誤解が経営を壊す』(2015年、日本経済新聞出版社)、『株主に文句を言わせない!バフェットに学ぶ価値創造経営』(2016年、日本経済新聞出版社)。

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