大型連休前に、複数の企業がトップの交代人事を発表した。いずれも老人の跋扈が目につく。社長になる人物におもねるように礼賛するばかりの経済ジャーナリズムも罪深い。
信越化学工業は、斉藤恭彦副社長が6月29日付で社長に昇格する。78歳の森俊三社長は取締役相談役に就き、御年90の金川千尋会長は続投する。
森氏は、斉藤氏を社長に起用した理由に「金川会長の方針のもと、米国の中核子会社で実績を出した」ことを挙げた。斉藤氏は60歳なので社長は大幅に若返るが、ワンマン体制を続ける金川氏から権限の委譲はない。森氏は4月26日の退任会見で次のように述べた。
「私の健康がすぐれないことから、退任させてほしいと申し出た。当社は74%が海外売り上げ。これからも海外進出をどんどん続けていかなければいけない状況で、金川会長も(社長交代を)理解してくれた」
斉藤氏は「人事の話を頂いたのは10日前。森が金川と話をした。私は森から(社長就任の)話を聞いた」と説明した。
記者会見で「金川会長の人事についての議論はまったくなかったのか」との質問が飛んだ。当然の疑問といえる。取締役相談役に退く森氏は「その通り。議題にも上がっていない」と答えた。これが信越化学の“常識”なのだろう。
信越化学は今回、副会長を置いたが、その理由を森氏はこう説明する。
「ものづくりの会社なので、製造技術がもっとも大切だ。副会長に就く秋谷文男副社長は、信越半導体の社長を務めるだけでなく、信越化学の技術部門を統括してもらっている。(海外が中心だが)製造会社としての使命を100%果たさなければ(業績は)そうは伸びない。そういう意味を含めて副会長をやってもらうと決めた」
斉藤氏は早稲田大学の政治経済学部を卒業後、社長室、広報、経理、法務などを担当している。1983年に海外に転じ、2011年から塩化ビニール樹脂事業の中核である米シンテックの社長を務めた。シンテックは信越化学の稼ぎ頭だという。秋谷氏は斉藤氏より15歳も年上である。
信越化学のトップ人事を見る場合に、もっとも重要なのは6年前に森氏が社長に就任した際の会見だ。「(金川)新会長にご教示いただきながら、一緒に会社を伸ばしていきたい」と発言した。当時、金川氏の年齢は84歳。それまで20年間にわたり社長を務め、会長もすでに6年が経過した。どんなに有能な人物でも、年齢には勝てないものだ。
信越化学は、セブン&アイ・ホールディングス(HD)とまったく同じ構図といったら言いすぎだろうか。“カリスマ”といわれる経営者が躓いた時には、その会社は混乱する。信越化学の株は、長い目で見れば今が売りだろう。