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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

新型コロナ感染者、なぜ日本は欧米に比べて桁違いに少ない?過剰なまでの衛生意識が奏功

文=篠崎靖男/指揮者
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「Getty Images」より

 非常事態宣言が解除されました。それでも、今週に入ってからの東京都の状況や北九州市のニュースを聞いていると、まだまだ気を緩めてはいけないと思いますが、室内でもあるコンサートホールは多くの人が集まる場所ということもあり活動を自粛していた我々音楽家にとっては、大きな前進となりそうです。実際には、日本のコンサートホールの換気環境は充実しており、もちろん慎重に安全を確認しながらではありますが、徐々に再開しながら、ホールいっぱいに響くオーケストラサウンドを聴いていただくのを楽しみにしています。

 日本のホールには、なぜしっかりとした換気設備を伴った空調システムが備え付けられているかというと、その背景には日本の高温多湿な気候があります。緯度が高く空気も乾燥しているヨーロッパで発達したオーケストラの楽器は、アジアのような高温多湿には弱く、楽器の能力を100%引き出すことが難しいのです。

 しかも、ホールは内部と外部の音を遮断するための防音空間なので、楽器に最良の気温と湿度を保ちつつ、常に新鮮な空気に入れ替えることが必要となるのです。現在は、床から外気を取り込んで天井から排出する方式が多く採用されています。これならば観客の呼気はすぐに上部に上がり、空気がホール全体でかき混ぜられることもありません。

欧米と日本の医療制度の違い

 僕は欧米の音楽仲間と連絡を取り合っていますが、ヨーロッパでもコンサート再開の動きが出始めています。それでも、欧米の感染者数が日本とは桁違いに多いところを見ると、日本の新型コロナウイルス対策がいかにうまくいっているのかが、よくわかります。

 日本よりも感染が遅れて始まったアメリカでは、まだまだ音楽どころではありません。5月29日時点で、172万人が感染、10万人が亡くなっています(ジョンス・ホプキンス大学のデータ)。イギリスでも27万人が感染し、すでに3万7919名が亡くなったことを考えると、僕は両国に在住した経験があるだけに、とても心が痛みます。

 日本といえば、1万7475名の感染者と902名の死者です(5月29日時点)。これでも犠牲者は多いですが、欧米に比べてはるかに少ないことが今、世界中で注目されているようです。有効な治療法を得るまで気を緩めないことを前提として、なぜ感染者数がこれほど違うのかをしっかりと理解することも、感染予防になるのではないかと思います。

 WHO(世界保健機関)に在任中、西太平洋地域におけるポリオの根絶に成功し、現在は日本の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の副座長として、最前線に立たれている尾身茂さんがインタビューの中で記者から日本と欧米との差を聞かれた際に、3つの要素を挙げられました。それは「日本の高度な医療制度」「感染が始まった初期のクラスター対策」、そしてもっとも重要な点として「国民の健康意識が高いこと」でした。

 まず医療制度ですが、もちろんアメリカやイギリスでも高度な治療を受けることができますし、日本ではまだ行われていないような超最新医療を受けることもできます。実際に新薬剤の認可に至っては、日本は先進国で一番遅いといわれていますし、僕もイギリスから帰国した際に、それまで服用していた薬がまだ日本では出回っておらず困ったことがありました。しかも、欧米では通常、病院は予約制で、日本のように熱でフラフラしながら2時間近くも待合室で診察を待つことなく、予約時間に行けばすぐに診てくれるシステムです。しかし、この医療制度が今回は仇になったのかもしれません。

 僕自身の経験を言いますと、イギリスの病院の受付に「熱があって、喉も痛い」と電話しても、「それは大変ですね。一番早い空き時間は、3日後の11時15分です。予約をしますか?」などと言われ、困ることがよくありました。また、急に歯が痛み出した友人が歯医者さんに連絡すると、予約係から「来週の火曜日に予約を取れるけれど、どうしますか?」と言われ、泣きそうになっているような光景もよくありました。

 もちろん、24時間体制の救急センターもありますが、風邪程度ならば「大したことはない」と自己判断して薬局まで頭痛薬を買いに行くのが普通でしょう。その後、数日間はベッドに横になりながら、ふらふらと出かけたり、日用品を買いに出たりしている間に治ってしまうこともあるかもしれませんが、マスクの習慣もありませんし、もし危険なウイルスに感染していれば、その間に周りの人たちにドンドン感染させてしまいます。それでも、イギリスは医療費が無料ということもあって比較的病院にも行きやすいのですが、アメリカの場合は事情がまったく異なります。

「風邪を引いたのですが、保険料が高いから健康保険に入っていないので、薬局に行って強い薬を買って飲んでみました。風邪はよくなったけれど、その後、何を食べても味がしないんです」

 これはアメリカ在住の友人から聞かされた話で、彼はその後、風邪薬の副作用で半年間、嗅覚とともに味覚がなくなってしまったのです。

アメリカの保険制度

 ところで、十分に生活ができて、持ち家まで持つことができる収入があった彼が、なぜ健康保険に入っていないのでしょうか。

 実は、アメリカは国の健康保険制度はありません。保険料の高い民間の医療保険に加入するか、治療費を実費で支払うしかないのです。しかも、日本のように国から医療報酬の点数が決められておらず、医療費も各医療機関が自由に決めているので、症状が急変して救急車で運ばれた病院の治療費が高額だった場合には大変なことになります。そもそも、救急車を呼べば日本円で5~6万円は請求される国なのです。

 一例として、アメリカで新型コロナの感染が広まり始めたばかりの頃に、風邪の症状があった女性が救急外来に行き、肺炎と診断されました。数日たってもよくならないので、再び救急外来に行ったところ、やっと検査を受けることとなり、3日後に新型コロナ陽性と診断されました。しかし、彼女は軽症ということもあり、入院せず自宅療養をして回復することができました。

 ところが、のちに届いた病院からの請求書を見て、新型コロナ感染以上の衝撃を受けたのです。その額は、なんと350万円。当時、彼女は無職で民間の健康保険に入っていなかったので、頭を抱えてしまいました。アメリカは、高額な医療費が破産理由になる国なのです。

 今回のアメリカでの新型コロナ感染症は、彼女のような人をはじめとした低所得労働者に多いそうです。アメリカでは2750万人近くの低所得者が、民間の医療保険に入ることができず、体調を崩しても病院に行かずに薬局で風邪薬を買うのが精いっぱいです。一般的な風邪程度なら、それでもやり過ごせるかもしれませんが、今回は症状が悪化するまで市中にウイルスを広げてしまいました。しかも、当局との接触を恐れて病院に行きたがらない1100万人前後の不法移民が、症状が進んでも失職を恐れて仕事を休まなかったのです。

 アメリカの公衆衛生の専門家らは、米国には他の富裕国にない脆弱性がここにあると指摘しています。

 ここで、政府の専門者会議の尾身氏が言っていた、日本人の健康意識の高さがクローズアップされます。世界のなかでも、日本人の衛生意識はトップクラスです。喫茶店やレストランでおしぼりが出てくる国は、日本以外にはありません。日本では、おせんべいや飴の一つひとつまで袋の包装されており、過剰ではないかと呆れていたのですが、今回はそうした衛生意識が功を奏したのかもしれません。女性を中心とした近年のおしゃれマスクブームや、過剰に思っていた除菌ブームも、結果的にはよかったといえるでしょう。

 新型コロナは、世界の医療制度のあり方を大きく変えるきっかけになるかもしれません。そして、特効薬やワクチンができるまでは、気を抜かずに向き合っていこうと思います。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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