緊急事態宣言は「不安・同調圧力遺伝子」を持つ人が世界最多の日本では正しかった理由
脅威アピール策は限界かもしれない
25日に解除された緊急事態宣言下では、脅威アピールによる国民の行動操作の試みが続いていました。しかし、私も指摘していますが、この方法には限界があります。長期間続けると心を疲れさせ、免疫力を下げる、抑うつ状態(絶望感や希死念慮)などの弊害が起こります。現実逃避して、自粛を止めてしまう人たちも増えていたようです。
感染症のプロも経済を心配する事態に…
また、経済へのダメージも深刻です。政府は感染症のプロによる専門家会議と共に「新しい生活様式」を国民に提案しましたが、専門家会議のメンバーからも経済を心配する意見が出されていました。経済のプロではなくても、さすがは有識者です。専門ではないのであえて提案はしないとしても、感染を防ぐだけで人々が生きられるわけではないことは察しているようです。
自死者の増加を心配する必要がある
日本では失業率が1ポイント悪化すると自死者が1000人以上増える傾向があるとされており、コロナ自粛の影響で6万人の自殺者が出るという推計もあります。ウィルスの脅威から「命を守る」ことも重要ですが、失業の脅威から「命を守る」ことも重要です。失業者を出さない施策が求められます。
終息を示唆するデータや研究も?
実は、すでにウィルスの脅威が終息していることを示唆するデータもあります。国立感染症研究所によると、1-2月に流行したとされる「武漢株」と呼ばれる第1波はすでに終息しています。現在の流行は「欧州株」とされる第2派です。そして、「欧州株」の流行もすでに終息に向かっていることが示されています。
もちろん、第3波の可能性もあるので油断はできません。本当の意味で、「命を守る」施策を目指すなら、経済再生を目指した出口戦略は当然の方向性といえるでしょう。
興味深いのが大阪府の吉村洋文知事が5月7日に発信したTweetです。要約すると、「実効再生産数(1を超えれば感染拡大、下回れば感染終息の傾向)は緊急事態宣言前に1を下回り、4月10日で東京0.5、大阪0.7」なので、「(自粛要請の)解除基準には使えない」というものでした。
ちなみに「R<1」は、死者の増加率が日本の何倍も高いドイツが段階的にロックダウンや生活の制限を解除し始めた基準でした。つまり、この指標で見る限り、日本はずっといつ緊急事態宣言や自粛要請の解除を考えても不思議ではない状況にあったのです。
それでも緊急事態宣言は必要だった?
なので、一部では緊急事態宣言や自粛要請の必然性を疑う声も出ていました。数字を見る限り、あのタイミングでの緊急事態宣言の本当の狙いがなんだったのか? と探りたくもなります。
私は、これが狙いだったとは思いませんが、少なくとも日本人の国民性を考えると間違いではなかったと思います。なぜなら、日本は不安・同調圧力遺伝子(5-httplrのSS型)を持つ方が世界で最も多い国の一つです。この遺伝子は「用心に越したことはない」を正義としやすい傾向にあります。緊急事態宣言の延長も含めて国民性に沿った施策といえるでしょう。
しかし、「過ぎたるは及ばざるがごとし」もまた真実です。不安・同調圧力遺伝子は不安や絶望を心のなかで増幅させやすい遺伝子でもあります。絶望のあまり深刻なうつ状態、その最悪の結末としての自死を促す可能性も高いのです。絶望への、そして自死リスクへの特効薬は希望です。本当の意味で希望を与える施策が必要なのです。
「損失回避バイアス」を使った施策はどうでしょうか
そのために、まずは何をするべきなのでしょうか。一つはっきりしていることは、上記のように脅威アピールを続けることは有効な施策ではありません。私は適切なタイミングで「損失回避バイアス」に切り替えるべきだったと考えています。
人は手にした利益を手放すことを強く嫌がります。これが損失回避バイアスです。「勝利」とそれに伴う「特需」という利益をアピールして、それを手放さないための協力を求める方向に切り替えれば、自粛の新しい意義も強調され、絶望も最小化できたと考えられます。
「勝利宣言」「勝利特需宣言」はどうでしょうか
そこで、私はどこかのタイミングで「勝利宣言」と「勝利特需宣言」もして欲しかったと思います。適切なタイミングはさまざまな考え方がありますが、私は次のような発信があれば良かったと思います。
・勝利宣言
「ウィルスとの戦いに勝利することは確実な状況だが、勝利が揺らぐ可能性もある。勝利を手放さないために“緊急事態”として行動(自粛)してほしい」
・勝利特需宣言
「この勝利の裏で大きな社会構造、産業構造の変化が進んだ。変化はさらなる効率化とテクノロジーの進歩をもたらし私たちをより豊かにすると見込まれる。そして、変化の経費として~と~の分野に~兆円の市場が生まれる。変化を促す公的支援として~億円を検討している。特需を手放さないためにも、今は自粛を願いたい。」
いかがでしょうか。ウィルスの恐怖を煽られるより、「協力してもいいかな……」という気分になりませんか? 景気の回復にも期待が持てませんか? もちろん、諸外国からの「日本はゆるい」との批判、脅威は脅威として伝える必然性、医療現場の要望など、施策にはさまざまな変数を考慮しなければならないと思われます。しかし、脅威アピールを続けることで、一部では「コロナ脳」と揶揄される不穏な心理状態がつくり出されています。そろそろ、次の施策があっても良いと思うのは私だけでしょうか。
損失回避バイアスの活用が最良とは思いませんし、他にも妙案があると思います。しかし、国民の心を守る施策も命を守る施策だと思います。今後の展開が脅威アピールだけにならないことを願っています。
(文=杉山崇/神奈川大学心理相談センター所長、人間科学部教授、臨床心理士)