その一方で、営業社員にチップを手渡す顧客も少なくないという。例えば購入した冷蔵庫の搬入で顧客宅を訪問した際に、古い冷蔵庫を置いていた床と壁が汚れていれば、社員は拭き掃除をして磨いてあげる。その気遣いと労力を目の当たりにした顧客には、チップを渡す人もいるのだ。とくに裏サービスに対しては、無償であるだけに謝意を示すのは自然な行為だろう。
チップの金額は1000円から1万円の間が多いが、なかには3万円を渡された例もある。同社の場合、チップは全額本人の懐に入るが、必ず報告させ、山口氏がその都度礼状を書いている。ところが、これが思わぬ波紋を呼んだ。税務調査でチップ専用の帳票が指摘され、「チップは所得」と処置されたのである。暗黙の了解として水面下で処理される金でも、書面に記録された以上は、税務署も看過できない。
課税分は全額を会社が払い、今年からルールを設けた。チップを各自の給与に計上して、課税分も各自から天引きする方式を設けたのだ。これならスッキリする。
商圏を深堀し続ける
取材当日、店舗前の駐車場で会員を対象とした「かつお祭り」が開かれていた。かつおの刺身やたたきを無料で振る舞っていたが、たんなるイベントではない。イベントの案内チラシはダイレクトメールで送付され、会員はチラシに氏名と担当社員名を記入して持参する。すると担当社員に連絡が入り、その場に駆けつけて接遇しながら、店内に案内して商品説明などを行なっている。
こうして商圏を深堀し続ける同社にとって、顧客の老齢化による購買力の低下は懸念材料ではないだろうか。だが、山口氏に尋ねると、実態はそうではないという。
「70歳を過ぎた方は子供に貯金を残さず、テレビやエアコンを買い換えたり、キッチンをリフォームしたりするなど積極的に消費に回す傾向にあります。また、家電のデジタル化が進んで操作が複雑になったことで、新たな顧客層が生まれています。今までは量販店で買って自分で設置や修理をしていた方が、ある程度の年齢になるとギブアップして、うちに来るようになったのです」(同)
20年前に同社の経営方針を一変させた6店の量販店は、その後、安売り商法に疲弊して3店が閉店した。山口氏は20年前から量販店のチラシを一切見ないし、量販店にも入っていない。
「いろいろなヒントがあるのでしょうが、量販店に行くと、向こうの土俵に引きずられそうな気がするのです」(同)
経営を極めるには、ここまで徹底することが必要なのかもしれない。
(文=小野貴史/経済ジャーナリスト)