中国、香港の「一国二制度」を実質破棄…実効支配進め“香港の民主的自治”終焉の危機
新型コロナウイルスの感染拡大が収まり5月末から4カ月振りに学校も再開し、久方ぶりに明るいムードが戻る香港。6月4日は、1989年4月から民主化を求めて北京の天安門広場に集結する自国民に、人民解放軍が武力行使に踏み切った日でもある。イギリス政府の発表では1万人以上の犠牲者が出た。そして昨年6月16日は返還以来最大の200万人が参加した反政府デモがあった。22日からの中国全国人民代表大会(全人代=日本の国会に相当)で側近を習派で固める習近平主席。一国二制度の根本を揺るがす香港国家安全法制定を踏まえ、9月の香港立法会(=日本の国会に相当)選挙に向けて自由都市・香港の現状と未来を考える。
1.高級ブランド店舗の撤退が続く香港
中華人民共和国香港特別行政区は人口762万4000人。ユーロモニターインターナショナルの調査によれば、2018年の海外からの外国人訪問者数は世界第1位の6514万人。日帰りの中国人観光客も少なくない。買物天国と呼ばれる関税対象商品の少なさが生む世界最安値、豊富な品揃え、値引き文化は世界中から買い物客を長く引き寄せていた。
“食の香港”らしく屋台から超高級レストランまで揃っている。高級ブランドの店先とは思えない行列を中国人観光客がつくり、特異な現象が日常化していたが、昨年の大規模な反中デモで観光客は激減した。そして新型コロナが追い打ちをかけた。
銀座の2倍以上といわれる高額な家賃でも採算の取れる売上高を誇った高級ブランドの閉店、退店が続いている。香港の小売市場は中国本土からの観光客が主たる顧客である。19年12月の米ティファニーの旗艦店閉鎖から始まり、今年に入り仏ルイ・ヴィトンがタイムズ・スクエアの旗艦店閉店を発表、2月伊プラダが予定より早くコーズウェイベイ店を閉店。そのほかにも以下の店舗が閉店となっている。
・米Jクルー:2店
・香港宝飾店大手TSLコーズウェイベイ店
・スイス・スウォッチ傘下のオメガ:4店
・ロンジン:5店
・スイス・ロレックスを1日600本販売する地元有名店
・ロレックス直営店のラッセルストリート店も閉鎖
・香港中に店舗が溢れる宝飾品大手、周大福:15店
・化粧品大手ササ:30店
・観光水上レストランJUMBO
・1928年創業の老舗地元レストランJimmy’s Kitchen
・アラン・デュカス
スイス時計協会によると、世界最大の輸出先である香港向けの2月輸出額は42%減と過去20年間で最大のマイナス幅となり、3、4月も推して知るべしであろう。もし、観光客が戻らなければ強い逆風は続く。コロナ禍が収まれば、国家安全法制定をめぐり反中運動が吹き返すのは自然な流れである。
国際金融都市としての香港の地位も揺らいでいる。英調査会社Z/Yenグループが3月に発表した「世界金融センター指数」によれば、前年3位から東京、上海、シンガポールに抜かれ6位となった。中国本土と世界をつなぐ金融センターとして多くの資金と人材を引き寄せてきたが、機能低下と人材流出が見られる。
2.香港国家安全法制定
世界がコロナ禍対策で翻弄されていた4月18日、香港政府は現職の梁耀忠立法会議員や「民主の父」と呼ばれる81歳の李柱銘(マーティン・リー)元議員ら15人を逮捕した。民主化運動を支持しているメディア界の大物で、蘋果日報(アップル・デーリー)を創業した黎智英(ジミー・ライ)氏も含まれる。そして5月22日に開幕した中国の全人代では、香港の社会統制をより強める香港国家安全法の制定が発表された。一国二制度を無視し、香港立法会の手続きを経ないで施行する異例の手法がとられた。
本来、香港では中国本土の法律は適用されない。中国共産党にとって国家安全法は積年の課題であった。2003年にも50万人以上の反対デモが起き、雨傘運動や昨年の史上最大のデモにつながる。まさに強引な制定であり、その数日前の民主派リーダーたちの逮捕とともに香港市民の怒りに油を注いだ。香港政府と市民の間では大きな亀裂が生れている。中国本土と違いSNSが規制されていない香港では、反政府運動に大きなエネルギーが注がれた。
22日の香港株式市場では、ハンセン指数が前日比5.6%急落でひけた。政情不安から不動産株などが大きく下げた。これを受けて昨年11月に香港人権・民主主義法を設立させた米国トランプ政権は、香港民主主義を強く支持し国家安全法には強く反対すると発言した。米国ホワイトハウスのHPにこの問題に関する署名サイトがあり、2カ月で10万人を超えると政府はなんらかのアクションをとることになっている。
3.香港その未来
国家安全法は6月末には成立する見通しだが、この中国の動きに対して国際社会から非難の声が上がっている。英国植民地時代最後の香港総督クリストファー・パッテン氏を中心として、200人を超えるアメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダ、アジア諸国の政治家たちも署名している。米国トランプ大統領は、香港に対する優遇措置の停止を発表した。1983年10月からの米ドルとのペッグ制のお陰で通貨危機にも巻き込まれないで安定している香港ドルの未来が、不透明になる可能性もある。
面子が重要な中国共産党にとって、香港の自治を守るという選択肢はあるのであろうか。国内の権力闘争を抑え込み全人代を乗り切った習主席の選択肢はそれほど多くない。その一方、中国にとって香港は金の卵を産む鶏である。英語を母国語とする香港の富裕層の海外移住は予想以上に多くなっている。これも香港内での高級品消費の低下に直結する。
僕が知る自由で猥雑ながら憎めない香港の街が、繁栄し続けることを心から願ってやまない。旺角(モンコック)の屋台で潮州料理の牡蠣オムレツとサンミゲールビールで乾杯し、鯨飲できる日が待ち遠しい。
(文=たかぎこういち/タカギ&アソシエイツ代表、東京モード学園講師)