小池百合子東京都知事はカイロ大学を卒業したのか否か――。都政運営の手腕以前に、一社会人としてのキャリアが問われる事態になりつつある。
7月5日投開票の東京都知事選。告示日の18日まで、2週間となった。自民党、公明党が独自候補を擁立できない中、圧倒的優位で再選を決めるかと思われていた小池氏だったが、先月末に公開された「文春オンライン」(文藝春秋)の記事『「カイロ大学卒業は嘘」小池百合子東京都知事の学歴詐称疑惑 元同居人が詳細証言』で、雲行きが怪しくなってきた。学歴を詐称した上で、選挙に打って出れば公職選挙法235条の『虚偽事項公表罪』にあたる可能性もある。小池氏が「選挙公報」に自身の経歴をどのように記載するのかが、今後の大きな焦点になりつつある。
文春オンラインの記事は、ノンフィクション作家の石井妙子氏が、エジプトでの現地取材を行い、小池氏のエジプト在住時を知る複数の人物の証言をもとに書いた新刊『女帝 小池百合子』(文藝春秋刊)を紹介しつつ、“小池氏の学歴詐称疑惑”を指摘した。小池氏は1972年にカイロ大学文学部に入学、76年に主席で卒業したと自著やインタビューで主張してきたが、たびたびその真偽が話題になってきた。
今年3月の都議会でも自民党都議4人が、小池氏の経歴に関して質問。卒業証明書の提出を小池氏に求めたのだが、「これまで大学が発行致しております卒業の証書、そして証明書につきましても、これまで何度も公にしております」などと拒否した。
小池氏が議会で主張した「何度も公にしております」というのは、フジテレビ系の情報番組『とくダネ!』(2016年6月30日)で、小池氏が同番組取材班に公開した卒業証書のことを指している。だが、文春オンラインはこの証書の信ぴょう性にも疑義を投げかけている。こうした疑惑の中で、小池氏が従前どおり、選挙公報に「カイロ大卒」と記載するのかが焦点となっている。そして、選挙公報と同じく、候補者の経歴を紹介することになる大手マスコミ各社がどのように小池氏の経歴を記載するのかもまた、注目される。
なぜか沈黙する大手マスコミ
ノンフィクション作家が一人でここまで取材をしたのであれば、人員も取材経費も潤沢な大手マスコミは何をしているのかという疑問が湧く。エジプトのカイロに支局や総局を配置している全国紙や通信社、ブロック紙、大手テレビ局などは直接カイロ大学に真偽を確かめるなど、最低限のファクトチェックを行うのが筋のように見える。
ところが、そうはならないようだ。全国紙記者は次のように話す。
「結局、うちとしては小池さんが『調査票』に記入してきた内容で紙面をつくるしかないんじゃないかという話になっています」
国政選挙や自治体の首長選挙の際、新聞、テレビ局各社は立候補者に『立候補者調査票』を配布する。書式は各社によってさまざまだが、おおむね履歴書のようなつくりで、秘書ではなく候補者の直筆で記載することを要請する。実際は秘書が記載していることもままあるのだが、「立候補者が直筆で記載した事実」として記事を作成することになる。
社によって卒業大学や元の勤務先などに在籍や卒業の事実があるかを確認することもあるが、国外の大学となると、とたんにファクトチェックが鈍る傾向がある。
前出の全国紙記者は話す。
「カイロ支局に頼むのは社内の縦割りのシステム的にめんどうくさいことになります。個人的にカイロ支局の人間とつながりがあるのならできるかもしれません。また都庁担当記者の中に偶然アラビア語に堪能な記者がいればカイロ大学に問い合わせることもできるでしょうが、多分、いないんじゃないですか」
別の社の記者も及び腰だ。
「公選法235条2項や、同条の2『新聞紙、雑誌が選挙の公正を害する罪』があるので、相当強固なファクトが無い限り、選挙期間中に『学歴詐称がわかった』なんていう記事は難しいのではないでしょうか。ただでさえ、最近は『中立公正な報道をしろ』という意見は多いですし、火中の栗を拾おうとする編集幹部がどれだけいるか疑問です」
ちなみに公職選挙法第235条には次のように記載されている。
「当選を得又は得させる目的をもつて公職の候補者若しくは公職の候補者となろうとする者の身分、職業若しくは経歴、その者の政党その他の団体への所属、その者に係る候補者届出政党の候補者の届出、その者に係る参議院名簿届出政党等の届出又はその者に対する人若しくは政党その他の団体の推薦若しくは支持に関し虚偽の事項を公にした者は、二年以下の禁錮又は三十万円以下の罰金に処する」(原文ママ、以下同)
しかし、一方で同条第2項にはこうも記されているのだ。
「当選を得させない目的をもつて公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者に関し虚偽の事項を公にし、又は事実をゆがめて公にした者は、四年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する」
都民ファ内部にも「なんで証明書が出せないのか」との疑問が
小池氏の出身母体の都民ファーストの会にも動揺が走っている。同会の都議会関係者は次のように話す。
「結局、都民ファーストの会の結束は小池さんが知事になった時が頂点だったと思います。基本的には『反自民党』という共通認識しかありませんでしたから。その後に行われた区議選や区長選の候補者擁立に際して、『どれだけ小池さんと仲良くできたのか』が露骨に反映されているように思えます。都議会での自民党都議への答弁でも、コアなメンバーは『露骨な誹謗中傷だ』と憤っていましたが、それと同じくらい会派内には『証明書があるのなら、提出すればこの話は終わりではないんだろうか』という疑問もあります。
都知事選は常に無党派層の都民に支持を広げられるかが焦点です。経歴の問題は、小池さんが考えていらっしゃるより深刻かもしれません。都民ファが寄合所帯であることや、自民党、公明党に比べれば固い組織票がないことは覆しようのない事実です。この経歴問題をどのような形にせよ、明解な解決に導けないまま選挙戦に突入するのが吉とでるのか、凶と出るのか。非常に不安です」
延期した東京五輪、今なお猛威を振るう新型コロナウイルス感染症の対応など、問題は山積している。差し迫った都政の懸案事項が多いのは確かだが、小池氏の疑惑も決して無視できるものではないだろう。